FC2ブログ

誤字の検出批正もまた勉強

参考書などの白文を写しながら勉強しておりますと、当然にその印刷物には誤字や脱字があるものです。戦前のものなどに特に多い。初めのころはそれに苦しみもしてどうも読めない、一体この文はどう読むのであろうなどと考えあぐねた末に原文に当たってみますと、あるべき字が入ってなかったり、本来あるべきでない字が入っておっただけということがしばしばあったものです。しかし、読書力がついてきますと、此の字は誤字ではなかろうか、ここには何か脱字があるのではなかろうかなどと分かってくるものでして、原文にあたると確かにそうである、こういう経験は却って非常な自信となるものです。以下の文は明治期の漢学者で早稲田大学にて漢学を講じたこともある菊池晩香の『漢文志彀』という参考書の凡例にある一節です。最後の「随讀随批、亦是一學問(随って読み、随って批す、亦是れ一の学問なり)」という言葉、まことに其の通りであろうと思う。教科書に誤りがあること大いに結構、それを自ら批正できるくらいになってもらわなくては畏るるに足らぬというものであります。

活版之弊、動混魯魚、然考試課中、有正誤之目、蓋撿出誤字、以批正之也、此書時見柳為抑日為曰者、随讀随批、亦是一學問



語釈

「動」はヤヤモスレバ。本副詞。ほかに覚えておくと役立つ本副詞を挙げれば次の如し。「現」はマノアタリ、「坐」はソゾロニ、「立」はタチドコロニ、「即」も接続詞でなく本副詞の場合はスナワチと読むも意味は「立」と同じくすぐにの意。こういう本副詞は覚えておきましょう。


「魯魚」は抱朴子に『書三寫、魯為魚、虚為虎』とあり。字形の相似るによって字を誤るを言う。


スポンサーサイト



子供の鼻は折るべし

『梅園拾葉』の「戯示学徒(戯れに学徒に示す)」に曰く、

学文は、置き所によりて、善悪わかる。臍の下よし。鼻の先悪し。

知識を得てはそれを鼻先に引っ掛ける、それを次から次に折ってやるのは父兄の義務でありましょう。放っておけば、学者臭く鼻につく。



講義ノートを忘れたので其の日の講義を休講にした教授がおったとかいう記事を何かで読んだことがありますが、其の真偽はさておき、我々読んだ書物を本棚に蔵める。しかしこれは非常にあぶなっかしく、また不便な場所であります。一旦火災に遭えばそれまでですし、大きな地震のときに持って逃げるわけにもいかない。然らばどこが安全か。ここに「腹笥(ふくし)」というものがあるのです。腹の箱であります。これ以上安全なところはない。いざとなれば身一つで避難し、また身一つあれば講義もできる。善き読書家は、善き蔵書家であります。

朱子読書法の評にこうある、

「以腹為笥、而書乃真為我有(腹を以って笥と為す、而して書乃ち真に我が有と為る)」

社会学者の清水幾太郎が『本はどう読むか』の中で、読書記録をノートに抄録してみたところが、其の膨大なノートは自分の心を素通りしてノートに移っただけであったというようなことを述べておられたが、それは言ってみれば「以抄録為笥(抄録を以って笥と為す)」の類でありましょう。腹に入れなければ自分の所有にはならんのです。



「講学」と「談経」が対。「情田埆」と「腹笥虚」が対。「腹笥虚」は腹の中になにも学問が蓄えられていないことの意であることは、すぐに察しがつきましょうから、そこから類推して「情田埆」の意もわからなければなりません。「埆」は見慣れない漢字でありますが、「虚」の意味から察せられるものなのです。経書を談じては腹の笥は空っぽで、学を講じては情の田が「埆」である、というのです。「虚」と同様、否定的な意味で使われておるのだろうな、くらいのことは分かるのです。要するに無学のたとえです。



書生も亦勇を要す

分かっておると思っておったことが案外に分かってないと知れたときに、再び該当箇所に就いて復習をするというのは、なんとも気分のいいものではありませんが、しかし勉強はこの繰り返しであります。江戸時代の大学者新井白石も、『折たく柴の記』に学問成就の訣を述べてこう言ってある、

世の人の一たびし給ふ事をば十たびし、十たびし給ふ事をば百たびせしによれる

と。また江戸の儒学者古賀精里は晩年に至るも怠らず毎日書三百字、史書八千枚、経書二章の講習を欠かさなかったと云います。『先哲叢談』には荻生徂徠の勉強振りをこう記してある、

徂徠看書向暮、則出就簷際、至簷際不可辯字、則入對齋中燈火、故自旦及深夜、手無釋巻之時


「簷際(えんさい)」はのきば。日が暮れれば軒先で書を読んだということ。「齋」は書斎。日も完全に没して後は書斎にて火をともして書を読む。「釋」はおくこと。結局一日中手から書物が離れないということ。



「學如不及、猶恐失之(学は及ばざるが如くするも、猶ほこれを失はんことを恐る」
伊藤仁斎、此の句を註して曰く、

苟知學之為美、而懈怠不勤、則是無勇也、故非智不進、非勇不成、學者其可不知所務哉 (論語古義)

「苟」はいやしくも。副詞。「學之為美」は連詞的名詞で、「知」の客語。「非智不進、非勇不成」は対になっておることを見抜く。「可」は反転。「哉」が有って後初めて反転するのではなく、「可」の反転を明瞭にしているのみ。

勇気を求められるのは、何も軍人や政治家や外交官だけではありません。学者も書生も大冊を前にして怯むことなき勇を要せらるるものであります。明治期の文学者内村鑑三は外国語の研究法を述べて斯く言う、

忍耐なれ、吾人研究の結果の如何に大なるかを思い、阻碍に遭ふても失望すべからず、思想の一大新世界を発見せんとす、これに適合する困難なからざるを得ず(註)

通達を計れ、暁得せんとする外国語に対しては占領せんとする敵国に対する観念を抱かざるべからず、即ちこれを討平せざれば休まずとの覚悟是なり、敵地に入りて克服を全うせざる部分を遺すことは患を後日に遺す事なり、冠詞なり、前置詞なり、小は則ち小なりと雖もこれを等閑に附して全部の透徹は決して望むべからず、語学の「ナマカジリ」ほど無益にして有害なるは無し

(註)「なからざるを得ず」:これは松下文法に所謂「無効の否定」の類でして、重なった否定のうちの一つが無効になっておるのです。(『改撰 標準日本文法』四百八項)

漢文にも此の類有り。「奈何」「胡寧」「業已」などの如し。『標準漢文法』四百八項に於いて「同義重語」とあるそれであります。


勉強の工夫と白文の読み方の実際的順序について

朱子の読書法に勉強の工夫を述べてこう言うております。

もと学問の明らかにならないのは、表面上の工夫が足りないのではなく、却って自らに由って立つべき基盤がないからである。
(元來道學不明。不是上面工夫。乃是下面無根脚。)

この言葉の意味を発明するに資するものとして、松下大三郎博士と若かりし徳田政信博士の問答の一部を載せておきます。昭和九年冬の昼下がりに行われたこの問答が、松下博士と徳田博士の最初で最後の面会となります。即ち、松下博士、翌年昭和十年五月二日、五十七年の生涯を閉じることになります。

当時の文法書には、英文法に倣ったのか、能相・所相(打つ、打たる等)とか、受身・使役の転換(打たる、打たす等)とか、動詞と形容詞の転換(高し、高む、赤し、赤む等)というようなことが説かれていた。私(徳田博士)はこれが気に入らなかったのである。しかし、議論の上で完全に論破する決め手が得られなかった。そこで先生にお尋ねしたのである。すると先生は即座に、口ごもりながらも(筆者注:脳溢血後の後遺症のため)、たった一語に答えられた。曰く、『きりが無い』と。私はこれで胸のかたまりがスーッと解ける思いがした。なるほどそうだ、文法上の「転換」(言い換え)というのは、学問ではなくて技術である。何と何とにでも応用できる。こんなものが学問であるわけがない。そもそも原理として無用なのである。それを個々のケースごとに是非を論じようとしていたから、まったくキリがなく、論破できなかったのである。

松下先生は、一発でその本質を突かれたわけである。やがて、このようなことを書いてある文法書は、姿を消した。先生は、学問と技術とを区別し、また、スカラーとプロフェッサーとを峻別しておられた。真理を発見するのは、一人の探求者であって、十人のプロフェッサーではない。

本を捨てて枝葉の議論にはしるときりがない。幕末の学者、藤田東湖は『弘道館記述義』の中にこう述べてある、

善く疾病を治するものは、先ず一番に其の身を養生し元気を取り立てるものである。これと同じように異端を排除するにもやり方がある。いちいち個別にそれを攻撃して一時に快を取ることがあるにせよ、道の宜しきを得たものでなければ、醸成される禍変の突発を尽くは救いきれまい。異端を排するものは、枝葉に捕らわれず先ず一番に大道を修めるのが肝要である。

善治疾病者、先養其元氣、善排異端者、先修其大道、若徒攻撃驅除、取快一時、則禍變所激、將有不可勝救者、是不亦排之者未必得其道乎

漢文法

  • 「善治疾病者、先養其元氣、善排異端者、先修其大道」はきれいに対になっております。

治疾病元氣
排異端大道

「治」が動詞なら、「排」も動詞と推測できます。「治」と「疾病」との関係が客体関係だと分かれば、「排」と「異端」との関係も客体関係であろうことはやはり推測できるのです。「まず字眼を大局的に掴め、造句法を考えろ、兎に角対偶法(上記のような分解)に分解してみろ、明瞭なところから訓点を施し、形式的にでも漢文の組み立てを明らかにしろ」などというのが、佐々木藤之助氏や吉波彦作氏など昭和の学者の謂う白文の読み方の実際的順序第一位であります。漢文法の出番は、そのようにして文を幾つかの段なり節なりに分解して後の話です。ちょっと練習に下の漢文を見てください。孟子の一説でありますが、句読も何もない白文です。

父子有親君臣有義夫婦有別長幼有序朋友有信」

これをよく眺めて共通な形式を見つけ出すのです。これはもう機械的にやってよい。一種のパズルのようなものであります。しばらく眺めておれば、「父子」「君臣」「夫婦」などの塊が目にとまるようになりましょう。それに気が付けば、後はもう機械的に「長幼」「朋友」も塊として見えるはずです。

父子有親君臣有義夫婦有別長幼有序朋友有信」

とまあこういう風に見えてくる。ここに於いて「父子」や「君臣」などの後ろの二字をさらによく見れば全てに「有」の字が共通しておるのがわかります。もし気が付かなければ、「ゆうしん」「ゆうぎ」「ゆうべつ」「ゆうじょ」などと音で読んでみればよい。目には気が付かなくても、耳で気が付くこともあるものです。そうしますと結局こういう構造であることが分かる。

父子
君臣
夫婦
長幼
朋友

ここまで分解できれば最早漢文法の力を借りずとも凡その意味は取れるものです。訓読すれば、「父子に親有り、君臣に義有り、夫婦に別有り、長幼に序有り、朋友に信有り」となります。


  • 是不亦排之未必得其道」の「是」は修飾形式副詞。名詞と云うほどはっきりと何かを指しておるわけではなく、「すなわち」くらいの気味。「不亦排之者未必得其道」の構造は、「亦排之者未必得其道」に「不」が懸かり、更に反転しておるのです。構造を簡略化して示せば、「是不(亦X)」ということ。「是れ亦たXならずや」の意であります。()の中身は一旦表示態名詞化し、再び叙述態名詞化したものと考えればよい。「其道」の下に「者」を補うと分かりよい。文法的直訳をすれば、「これやっぱり異端を排斥する者が未だ必ずしも其の道を得ておるというのではあるまい、ということが違うか(いや、違うまい)」の意(五百三十一項、八百十八項参照)。「亦」は本副詞。接続詞でないから、「~も」の意味がないところに注意。これに同じ構造を漢文に求めれば、たとえば下のようなものがあります。

是不亦責於人已詳 (韓愈原毀)


「是不亦~者~乎」と全く同じ句法であることが分かりましょう。


分からないものを分かる為の道筋

どうも分からないところを直接に分かるということは出来ぬ相談のようでありまして、既知より未知に漸進して行く以外に方法はないのではあるまいか、三段論法は既知より既知を引き出すとは雖も、やはり断案の既知たると、前提の既知たるとは自ずから精粗の差あることは疑を容れざるところであります。私の如き経験でも、分からないところが分かるときと云いますのは概ね既知のところを復習しておるときでありまして、復習中にふと知識が繋がることがあるものです。

未知を取りも直さず既知にすることは叶わぬことであろう、と頭では分かっておってもどうも分からないところがあると直様それを調べようとしてしまう、既に分かっておるところを更に精密に勉強することが近道であり、道理に適っておることなのでありましょうが、その作業を怠ってしまいがちであります。

然るに嘗て唐彪の『読書作文譜』を読んで居りましたところ、陸象山の言を引いてありましてそこに以下のようなことを述べてあるのです。
読書の作法を一通り学んだ後は、心を落ち着けてただ読書すればよい。必ずしも無理に其の旨趣を求めようとしなくともよい。分からないところは一先ず措いておけ(闕疑)。そうしたところで決して害はない。ただ分かるところを更によく分かるように心がけよ。そうすれば初めに分からなかったところも亦た自然に分かるようになるものだ。




この「闕疑(けつぎ)」の二字が重い。眼目でありましょう。「疑い」を持つな、捨てろというのではありません。しばらく置いておけというのです。「闕」は「全」の反対で欠け落ちたること。

以下の言葉もまた既知より未知に漸進していく法であり、其の意は一であります。これを実行に移せるかどうか。

吾之所以未得焉者、晝誦而味之、中夜而思之、平其心易其氣闕其疑、其必有見矣 (二程粹言)
讀書只是沈靜精密則自然見得分明 (勉齋黃)
毋過求毋巧鑿毋旁搜毋曲引 (北溪字義)

「吾の未だ得ざる所以の者は、昼誦して之を味はひ、中夜にして之を思ひ、其の心を平らかにし、其の気を易くし、其の疑を闕けば、其れ必ず見ること有らん」
「読書は只是れ沈靜精密なれば、則ち自然と見得て分明ならん」
「求むるに過ぐる毋かれ、巧鑿する毋かれ、旁搜する毋かれ、曲引する毋かれ」*「旁搜」は「旁引」に同じ。分からないところは一先ず措いておき、無理にこじつけて解釈するなと云うこと。

分からないところを主として、分かるところに及ぼすのではなく、分かるところを主として、分からないところに至るべきであると謂うのです。英文の解釈に当たり、分からないところを無理にこじつけたために、分かっておるところまで却って誤ることのあることを思えば思い半ばに過ぎましょう。




陸象山の言葉に附きましては、『陸九淵集』に原文がありますので、それを見てみましょう。

大抵讀書、訓既通之後、但平心讀之、不必強加揣量、則無非浸灌、培益、鞭策、磨勵之功、有未通曉處、姑缺之無害、且以其明白昭晰者日加涵泳、則自然日充日明、後日本源深厚、則向來未曉者將亦有渙然冰釋者矣





「揣量(しりょう)」はいずれもはかる意。意義をおしはかること。
「浸灌(しんかん)」は水にひたしそそぐこと。
「培益」はいずれも益し増やす意。
「鞭策(べんさく)」はむちうつこと。いずれもむちの意。
「磨勵(まれい)」はみがくこと。「勵」は特にあらとにて磨くこと。
「涵泳(かんえい)」は、「涵」はひたること。ここでは既によく分かっていることをゆっくりと自らに染み込ませること。
「向來」は従前。
「渙然(かんぜん)」はとけちる貌で、象形動詞。「冰釋」に対して修用語。
「冰釋(ひょうしゃく)」は氷が解けるように疑いが解けること。「冰」は主語ではなく修用語(品詞は変態動詞)であることに注意。




大抵読書は、訓詁既にこれに通ずる後は、但(ただ)平心これを読み、必ずしも強ひて揣量を加へず、則ち浸灌、培益、鞭策、磨勵の功に非ざること無し、或は未だ通暁せざる処有れば、姑(しばら)くこれを欠くも害無し、且つ其の明白昭晰なる者を以って日ごとに涵泳を加へなば、則ち自然と日に充ち日に明らかならん、後日本源深厚すれば、則ち向來未だ暁らざるもの、将に亦た渙然として冰釋すること有らん



  • 「訓既通之後」の「訓詁」は「既通」に対して修用語。名詞の平説的修用語か、客体的提示語かは不明瞭。もと「既通訓詁之後」の意だとすれば、客語が提示されたものということになります。いずれにしても「既通」に対して修用語であることに変わりはありませんので、大した問題ではありません。
  • 無非浸灌、培益、鞭策、磨勵之功」は、「非」が修用語で、「浸灌、培益、鞭策、磨勵之功」全体に掛かってます。これを仮に「X」とすれば、「無非X」となります。すなわち「Xに非ざること無し」となるのです。「非」は副詞で修用語ですから「非的にXなること無し」と考えれば直訳的です。「浸灌、培益、鞭策、磨勵之功」は単なる名詞ではなく、叙述態名詞。平心読書し強いて意義を穿鑿しないことが非的に云々の功である、ことは無い、の意。「無」は帰着形式動詞。
  • 「有未通曉處」は「有X」と考えればよい。すなわち「未通曉處」は「未だ処に通暁せず」の意ではなく、「未だ通暁せざる処」の意で名詞です。「通暁」は動詞の連体格的用法にある連体語。日本語では明瞭に区別できるところが、漢文の場合には外形上変化の無い場合が多いのです。文法の知識があれば、少なくとも文法的にはこうも読めるし、ああも読める、と云う風に文法と云う制限の中で試行錯誤できるわけでありますから、好き勝手に読んでまったく非文法的な読み方をしてしまうという憂えはないのです。
  • 「姑缺之無害」の「姑缺之」と「無害」との連詞関係は修用関係として読み下しましたが、無論、「姑缺之」で一旦切っても文法的に問題はありません。たとえば、「姑くこれを欠け」と動詞の終止格的(命令)用法として読むも可であります。
  • 「冰釋」は、名詞性動詞(変態動詞)です。たとえば、「雲散霧消」と言えば、「雲が散り、霧が消える」と云う風に主体関係の連詞と解さないように(もちろん解せ無いわけではありません)、この「冰釋」も「氷が釋(と)く」の意ではないのです。一種の修用語です。「釋」を「冰」で以って修飾、註解しておるのです。「氷の如く釋く」の意であるにしましても、それは意訳であり、直訳すれば、「氷と釋く」「氷と為りて釋く」となります。「氷と」の「と」は「夢と散る」の「と」に同じ。



リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ランキング