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「鶴頸長」を如何に解すか

以下の句をどう読みましょうか。

これを読み下して「鶴の頸長し」とも読めますし、「鶴、頸長し」「鶴の頸は長し」「鶴は頸長し」「鶴は頸は長し」「鶴が頸が長し」とも読めます。このように複数に読み下せる所以は「鶴」「頸」「長」のそれぞれの漢字が自らの文法的性能を表しておらないためです。

「鶴の頸長し」と読めば「鶴」を連体格的に考えたことになりますし、「鶴は頸が長い」と読めば「鶴」を題目(主体的提示語)として考えたことになります。仮に「鶴」が連体格的にあることを明瞭に示したければ、

鶴之頸長

とでもすればよいのです。

漢高祖挾數用術以制一時之利害、不如陳平 (蘇洵高祖論)

これも上記同様太字と下線字との関係が不明瞭でありますから漢高祖を題目として読むのみならず、下線部に対する連体語として読むこともできるのです。すなわち、「漢の高祖は、数を挟み術を用いて以って一時の利害を制することは陳平に如かず」、「漢の高祖の数を挟み術を用いて以って一時の利害を制する、陳平に如かず」と。実際には前後の関係からどう読むべきかは概ね定まります。



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荻生徂徠 『文理三昧』 「移易之法」

大學章句原文:

不能皆有以知其性之所有而全之也

今からこの原文の字を移し易(か)えて意義がどう変わるかを見ていきますが、ここに其の移し変えた後の文とその訓読をまとめて列挙してみますとこうなります。

(一)皆不能有以知其性之所有而全之也
(二)皆以不能有知其性之所有而全之也
(三)不能有皆以知其性之所有而全之也
(四)不能皆以有知其性之所有而全之也
(五)不能皆有以其知性之所有而全之也
(六)不能皆有以其性之知所有而全之也
(七)不能皆以其有性之知所有而全之也
(八)不能皆以其性之有知所有而全之也
(九)不能皆以其性之知所有而有全之也
(十)皆以知其性之所有而不能有全之也

(一)「皆以って其の性の有するところを知ってこれを全くすること有る能(あた)はざるなり」
(二)「皆以って其の性の有するところを知ってこれを全くすること有る能はざるなり」
(三)「皆以って其の性の有するところを知ってこれを全くすること有る能はざるなり」
(四)「皆以って其の性の有するところを知ってこれを全くすること有る能はざるなり」
(五)「皆其の性の有するところを知ることを以ってしてこれを全くすること有る能はざるなり」
(六)「皆其の性の有するところを知ることを以ってしてこれを全くすること有る能はざるなり」
(七)「皆其の性の有するところを知ること有るを以ってしてこれを全くする能はざるなり」
(八)「皆其の性の有するところを知ること有るを以ってしてこれを全くする能はざるなり」
(九)「皆其の性の有するところを知ることを以ってしてこれを全くすること有る能はざるなり」
(十)「皆以って其の性の有するところを知るともこれを全くすること有る能はざるなり」


頭の痛くなる思いがしましょうが、ここで注意していただきたいのは漢文そのものでは字の排列により意義の違いが明瞭であるものも、仮名交じりの文に読み下せばその違いを明らかにすることができないということです。なかには全く同じ訓読になっておるものもあるくらいです。

荻生徂徠は前の離合の法と、この移易の法との研究に附いてこう述べております:

凡欲學文理者須將大學中庸章句或問等文理平生之書而其虚字之處用前二法研究得過以終一巻然一切典籍之文理虚字之處無不釋然焉

「凡そ文理を学ばんと欲する者、須く大学中庸或問等の文理平生の書を将(と)って其の虚字の処には前の二法を用いて研究し得て過ぎ以って一巻を終ふべし、然らば一切の典籍の文理虚字の処、釈然たらざる無し」



以下「移易の法」を見ていきます。

「移易之法」

皆不能有以知其性之所有而全之也

若本文則知己性之所有與全己性之所有之兩件生民悉皆有所以然也不能之矣然則生民之中有知而全之者焉有不知不全者焉正與上文或不能齊句相應若此文則皆字在不能之上此不能二件也生民悉皆然矣然則知之人全之人生民之中絶無焉乃不與上文或不能齊句相應了

「皆以って其の性の有するところを知りて之を全くすること有る能(あた)はざるなり」

「本文(原文)の若(ごと)きは則ち己の性の有するところを知ると己の性の有するところと全くするとの両件は生民悉く皆然る所以有るやこれを能くせず、然 らば則ち生民の中に知りてこれを全くするもの有り、知らず全くせざるもの有り、正しく上文の或いは齊しかる能はずの句と相応ず、此の文(移し変えた方の 文)の若きは則ち皆の字が不能の上に在り、此れ二件を能くせざるは生民悉く皆然るなり、然らば則ち之を知るの人、之を全くするの人は生民の中に絶えてこれ 無し、乃ち上文の或いは齊しかる能はずの句と相応ぜず」

出だしの「知己性之所有與全己性之所有之兩件、生民悉皆有所以然也、不能之矣」の 連詞関係を見てみましょう。「知己性之所有與全己性之所有之兩件」が修用語として下の「生民悉皆有所以然也、不能之矣」に懸かっております。また被修用語 をさらに分析してみますと「生民悉皆有所以然也」が修用語として下の「不能之矣」に懸かっております。「長男は英語は得意です」などに同じです。

「生民悉皆有所以然也」の「然」は「知其性之所有而全之」のこと。「生民悉く皆が己の性の有するところを知り全くする所以あることはさあ」の気味。「不能之」に対する客体的提示語。「也」は形式感動詞で表示性従属的用法、上語を提示します。

「不 能之」の「之」は「生民悉皆有所以然也」。生民悉く皆が然る所以を有することについては、それは出来ない、というのです。よって其の後に「生民之中有知而 全之者焉、有不知不全者焉」の句が続くのです。すなわち、生民の中には性の有するところを知り全くする者もあれば、そうでないものも居るというのです。

そ れに対して移易したほうの文を見ますと「皆」の字が一番上に出ております。この結果意味が原文と大いに異なることになります。すなわち、原文では知 全することが出来るものもあれば、出来ないものもあったわけでありますが、此の文では皆出来ないということになるのです。よって後文に「知之人全之人、生民 之中絶無焉」とあるのです。

「此不能二件也、生民悉皆然矣」の「然」は「不能二件」。「二件」とは性の有するところを知りこれを全くすること。この「也」も形式感動詞で表示性従属的用法。「二件を能くせざることはさあ」の気味。


皆以不能有知其性之所有而全之也

此文與上例大同而小異大同則以皆字在不字上故也小異則以以字之所在不同故也以字在知字上則須帯知字照全字而看此有所以而知有所以而全也在不字上則有所以而不能之也不字得以字大有力量此小異也

「皆以って其の性の有するところを知ってこれを全くすること有る能はざるなり」

「此の文と上例とは大同にして小異なり、大同なるは則ち皆の字が不の字の上に在るを以っての故なり、小異なるは則ち以の字の所在同じからざるを以っての故 なり、以の字が知の字の上に在れば則ち須く知の字を帯びて全の字を照して看るべし、此れ所以有って知り、所以有って全くするなり、不の字の上に在れば則ち 所以有ってこれを能くせざるなり、不の字は以の字を得て大いに力量有り、此れ小異なり」

「不字得以字大有力量」とは、「以」あるがために単に「皆不能云々」というのに異なり、「有所以不能之者而不能之(これを能くせざる所以のもの有ってしてこれを能くせず)」の意を表すに力あるということ。

無論、これも「皆」の位置が「不」の上にあるため原文に悖ることになります。


不能有皆以知其性之所有而全之也

此與本文大同而小異大同則以不能二字在皆字上故也小異則以皆有倒置故也有字在皆字下則悉皆之生民 有以知以全之氣質也此皆字指生民言主生民而看則有者生民之有而指氣質也有字在皆字上則皆字管有字不得皆字管有字不得則主生民而看亦不得焉既不得主生民而看 又上文別無管有字之字之字上則是劈空將道理説起然則全之之下無之理二字則文義不分明也

「皆以って其の性の有するところを知ってこれを全くすること有る能はざるなり」

「此れ本文と大同にして小異なり、大同なるは則ち不能の二字が皆の字の上に在るを以っての故なり、小異なるは則ち皆有倒置するを以っての故なり、有の字 が皆の字の下に在れば則ち悉皆の生民に以って知り以って全くするの気質有るなり、此れ皆の字生民を指して言ふ、生民を主として看れば則ち有は生民の有にし て気質を指すなり、有の字が皆の字の上に在れば則ち皆の字有の字を管するや得ず、皆の字有の字を管するをば得ざれば則ち生民を主として看るも亦た得ず、既 に生民を主として看るを得ず、又上文に別に有の字を管するの字無し、之(こ)の字の上は則ち劈空にして道理を将って説き起こす、然らば則ち「全之」の下に「之 理」の二字無ければ則ち文義分明ならざるなり」

「又上文別無管有字之字字上」はやや読みづらいとこ ろかと思います。意味をあわせるために無理に、「又上文に別に有の字の字を管するの字、上に無し」などと読めば文法を無視した所行であります。「上に無 し」と読みたければ、「又別上無管有字云々」となっていなければなりません。ここでは二つ目の「(コノ)」を漢文では稀な用法ではありますが寄生形式副体詞(英文法の定冠詞)と考えて訓みました。

「管」 はつかさどること。「皆」の字が「有」の字の上にある場合は生民を主として、生民に知全の気質有ることを意味するわけでありますが、反対に「有」の字が 「皆」の字の上に来た場合には「有」の字を管するものはもはや生民とはいえなくなります。生民を主として看ることができない上に「有」の上に別に管する字 も無く突然に道理を説き始めるので、此の文だけでは意義が分明ではないというのです。松下文法では斯くの如き無主語の他動を自然的他動と呼んでおります。 これは意志的自動に同義でありますから仮に「有皆以知其性之所有而全之也」を意志的自動に訳せば、「皆以って其の性の有するところを知り之を全くすること が有る」となります。「有朋(自然的他動)」を読み下して、「朋を有り(自然的他動)」と「朋有り(意志的自動)」と「朋を有す(意志的他動、所謂他動は これ)」とを比較していただきたい。

不能皆以有知其性之所有而全之也

此亦與本文大同而小異其同異之分准上以字在知字上則有所以而知之全之也在有字上則有所以而能有知之全之之性也然則知全之所以者氣質之稟也有知全之性之所以者氣質之授也上文之應否可以見

「皆以って其の性の有するところを知ってこれを全くすること有る能はざるなり」

「此れも亦た本文と大同にして小異なり、其の異同の分かるるは上に准ず、以の字知の字の上に在れば則ち所以有って之を知り之を全くするなり、有の字の上に 在れば則ち所以有って能く之を知り之を全くするの性を有するなり、然らば則ち知全の所以のものは気質の稟けなり、知全の性有るの所以のものは気質の授けな り、上文にこれ応ずるや否や、以って見るべし。」

「有所以而能有知之全之之」と「性」を補い解するは「以」の字の「有」の字の上に移るため、明確な実字を補わなければ、不十分に感じたものでありましょうか。文法的には、「有」の字が名詞(動詞性名詞も含む)を客語に取る帰着形式動詞でありますから、必ずしも上記のように「性」の字を補ったり、あるいは「者」の字を補ったりする必要はありません。

徂徠が前置詞「以」を考えるときにいつも「有所以然者而然」と補い直しておることに注意 してください。此の文のように「以」が「有」の字の上にあれば、「有所以能有知全之性者而能有知全之性」と考え直すのです。ここでは「所以有知全之性者」 は「氣質之授」であるから上文の「氣質之稟」と合わないというのです。此れ「以」の字の「知」の字の上に在らねばならない所以です。

不能皆有以其知性之所有而全之也

亦准上知字在其字上則以字止被知字而不及下却應皆字知字為能其字為所其字與性字一連不断猶云己性也在其字 下則以字活動且被下六字其字為能知字為所句尾之字指性之所有四字而其知猶云自知也蓋自知性之所有此所以也以此自知而乃皆有能全之凡以字活動則必有所向故以 全之為其所向焉非若本文以字之以上文氣質為所以而以知與全為所向比矣

「皆其の性の有するところを知ることを以ってしてこれを全くすること有る能はざるなり」

「亦た上に准ず、知の字其の字の上に在れば、則ち以の字止(た)だ知の字に被(およ)ぶのみにして下に及ばず、却って皆の字に応ず、知の字を能と為し、其 の字を所と為す、其の字と性の字と一連不断、猶ほ己の性と云ふがごとし、其の字の下に在れば、則ち以の字活動し且つ下の六字に被ぶ、其の字を能と為し、知 の字を所と為す、句尾の之の字は性之所有の四字を指す、而して其知は猶ほ自知と云ふがごとし、蓋し自ら性の有するところを知る、此れ所以なり、此の自知を 以って乃ち皆能くこれを全くすること有り、凡そ以の字活動すれば則ち必ず向かふところ有り、故に全之を以って其の向かふところと為す、本文の以の字の上文 の気質を以って所以と為して、知と全とを以って向比するところと為すが若きに非ず。」

「以其知性之所有」の「以」は前置詞性動詞。「以ってして」の意。

「蓋自知性之所有、此所也」の「以」は前置詞性寄生形式動詞性名詞で、客体概念は複性詞「所」の内包的客語(簡単に言えば副詞の客語)により表されております。術語が長く煩わしく感ぜられますが、要するに名詞です。変態名詞です。「以ってすること」の意になっておるのです。欠けた形式動詞「す」の意義は他の語に寄生し実質化し、前置詞として帰着性に対する客語は「所」によって表されておるのでありまして、非帰着化しているわけではありません。「所以全之者(これを全くする所以の者)」の意。「以上文氣質為所」の「以」も同じ用法。

「凡以字活動、則必有所向」は「以」の字が前置詞(修用語)として用いられたときには、必ず懸かり先である被修用語を持つことをいうのでありましょう。

残りの五つは後日に。


松下大三郎『漢譯日本口語文典 例言』

松下大三郎 著『漢譯 日本口語文典』の例言よりの引用です。

一、是書分詞為名詞代名詞動詞形容詞副詞接續詞感嘆詞之七種、謂之七品詞、品詞所以盡其意義之情變其法有二、一則變化其語尾、二則附附属詞、是也、以カヘル(歸字義)、クニ(故郷義)二詞例之、カヘル變其尾為カヘラ、カヘリ、カヘレ、カヘ語體也、所變之ル、ラ、リ、レ語尾也、語體與語尾相需而成一詞、クニ則附附属詞、如「クニガ遠イ(故郷遠)」之クニガ、「クニヲ懷フ(懷故郷)」之クニヲ、「クニヘ歸ル(歸故郷)」之クニヘ、クニ為本詞、而所附之ガ、ヲ、ヘ附属詞也、本詞與附属詞相需而成一詞、語尾之語體猶手足之躯幹附属詞之本詞猶冠履之、手足冠履皆人之利用也、語尾附属詞皆詞之利用也

然世之文法書或以附属詞命詞分為助詞助動詞二種、與名詞代名詞動詞形容詞副詞接續詞感嘆詞倶稱九品詞、是指冠履為人者也、是韓文公所謂指山之一草木為山者也、附属詞者詞之利用也、獨立則不成義、唯副于本詞助其意義而已、與本詞共成一詞、非自能為一詞也、冠履冠履於人始與人共成一人、草木生長於山則與山共成一山、誰指人之冠履直為人、指山之草木直為山乎

是故此書分詞也、設七詞、語尾與附属詞不列於詞類、別設章論其利用、今於第一章論七品詞、第二章第四章論附属詞之意義用法、第三章論語尾之活用、第五章論品詞之細別、第六章論品詞之職任

日本文典多目附属詞為品詞、泰西諸國之文典皆設八品詞、曰名詞代名詞動詞形容詞副詞接續詞前置詞感嘆詞、而以附属詞ing、ed、er、est等為品詞者未之有也


「一是の書詞を分かちて名詞、代名詞、動詞、形容詞、副詞、接續詞、感嘆詞の七種と為す、これを七品詞と謂ふ、品詞は其の意義の情変を尽くす所以にして、其の法に二有り、一は則ち其の語尾を変化す、二は則ち附属詞を附す、是れなり、カヘル(帰の字の義)、クニ(故郷の義)の二詞を以ってこれを例す、カヘルは其の尾を変じてカヘラ、カヘリ、カヘレと為す、カヘは語体なり、変ずるところのル、ラ、リ、レは語尾なり、語体と語尾と相需めて一詞を成す、クニは則ち附するに附属詞を以ってす、「クニガ遠い(故郷遠し)」のクニガ、「クニヲ懐フ(故郷を懐ふ)」のクニヲ、「クニヘ帰ル(故郷に帰る)」のクニヘの如し、クニを本詞と為す、而して附すろところのガ、ヲ、ヘは附属詞なり、本詞と附属詞と相需めて一詞を為す、語尾の語体に於ける猶ほ手足の躯幹に於けるが如し、附属詞の本詞に於ける猶ほ冠履の人に於けるが如し、手足冠履は皆人の利用なり、語尾附属詞は皆詞の利用なり

然るに世の文法書或いは附属詞を以って詞と命じ分かちて助詞、助動詞の二種と為し、名詞、代名詞、動詞、形容詞、副詞、接續詞、感嘆詞と倶に九品詞と称す、是れ冠履を指して人と為す者なり、是れ韓文公の所謂山の一草木を指して山と為す者なり、附属詞は詞の利用なり、独立すれば則ち義を成さず、唯だ本詞に副ひ其の義を助けるのみ、本詞と共に一詞を為す、自ら能く一詞たるに非ざるなり、冠履は人に冠履とありて始めて人と共に一人を成す、草木は山に生長すれば則ち山と共に一山を成す、誰か人の冠履を指して直ちに人と為し、山の草木を指して直ちに山と為さんや

是の故に此の書の詞を分かつや、七詞を設く、語尾と附属詞とは詞類に列せず、別に章を設けて其の利用を論ず、今第一章に於いて七品詞を論じ、第二章第四章に附属詞の意義用法を論じ、第三章に語尾の活用を論じ、第五章に品詞の細別を論じ、第六章に品詞の職任を論ず

日本文典は多く附属詞を目して品詞と為す、泰西諸国の文典は皆八品詞を設けて曰く、名詞、代名詞、動詞、形容詞、副詞、接續詞、前置詞、感嘆詞と、而して附属詞ing、ed、er、est等を以って品詞と為す者未だこれ有らざるなり」

まず文法的に注意すべきは最初の赤字の「以」です。これは変態動詞の一つで、形式的意義として「す」の意味を帯びております。

次に橙色の「於」。これは松下文法に謂う前置詞性動詞性名詞です。「於いてすること」の意。読み下すときには「於ける」とする慣わしです。「語尾之於語體」の含んだ形式的意義を補えば、「語尾之於語體為用(語尾の語体に於いて用を為すコト)」となります。ここの「猶」は「猶ほ~のごとし」と読みますが、「如、若」と同様依拠性の動詞。「似る」と読んでよいです。

次に「冠履」。この冠履が文法的にどういう性能かは判然としない嫌いはありますが、「冠履冠履、草木生長」とを合わせて考えますと、「生長」が動詞なら「冠履」も動詞であるべき様に思われます。ただ其の動詞としての用法といいますのが名詞性の動詞(変態動詞の運用的用法)なのか、原辞としての「冠」「履」が動詞に用いられたものかは判然としません。いずれにしましても単なる名詞では有りません。名詞が動詞性に運用されたのか、初めから動詞なのか判然としないのみです(四百四十一項参照)。


「此書分詞也」は全体として最終的に名詞になっております。主体的連体語とそれに対する被連体語の関係を思い出していただきたい。「此の書が詞を分かつ」のではなく、「此の書についての詞を分かつ」です。通俗に申せば「此の書の詞を分かつコト」となります。最終的に連詞全体は名詞化しますが、「此書之」の対するところの「分詞」は動詞です。はじめから名詞なのではありません。


「語尾與附属詞、不列於詞類」は「語尾と附属詞とは詞類に列せられず」とは読めないかと疑問に思う方もおられましょうが、漢文の被動は人格的被動であることを思い出してください。被動の主体を一種の人格あるものとして扱わない限り被動とは解しえません。ここは「語尾與附属詞、不列於詞類(語尾と附属詞とは、これを詞類に列せず)」の意で客体の提示です。「語尾與附属詞」は提示された客体概念で主語ではありません。修用語です。


副島種臣稿『清國革新之急務』

下は副島伯の「清國革新之急務」よりの引用です。

天下之事意外而始以意外而終亦已衆矣然如客歳清國之亂實意外之又意外者也初亂之起也世誰豫測其事之至于如彼哉已而亂漸大端 剛之徒蓋期以必滅洋夷興清朝而遂不可得剛則死于前端則罪于後列國之於清亦當厥初以瓜分之端已開於是相爭而大派遣軍隊以益拡張已得之勢力又並豫備最後之搏撃 甚者援例于甲午日清之役謂清兵羸弱無為盍亦軽兵一擧直屠北京然迨其一旦來而相接戦也清軍之強出于意外乃拒諸天津阻諸楊村以列國聨軍之勢猶且不能容易進動輙 反為其所苦列國侵奪之氣於是乎挫矣


「矣」の字があるところまでで一旦切りましょう。「矣」は感動詞の一種で概ねそこで句は終止しております。よってそこまでをとりあえず見てみましょう。そうしますと「意外」と云う字が目につきます。

天下之事意外意外亦已衆矣

「天下の事」はそのまま読めばよいでしょう。さらによく見ますと「始」と「終」とが目に付きます。その前後をじっとよく見つめてください。

意外意外

ご覧のように「以」を中心に綺麗に対になっております。すなわち、こう読めそうです。「意外にして始まり、意外を以ってして終る」と。「意外にして始まり以って意外にして終わる」と読むも無論可。前者は「以」を前置詞とし、後者は「以」を接続詞として読んだことになります。「亦已衆矣」は「亦た已(すで)に衆(おお)し」と読みます。天下の事は意外にして始まり、意外を以って終わることが多いものだというのです。

然如客歳清國之亂實意外之又意外者也

「客歳」は去年。意を取るに難きところはないにしましても、「意外之又意外」などはそのまま「意外の又意外」などと読み過ごしてしまうにはもったいないところであります。文法的には「意外之」が連体格(副体詞)でそのまま下の「意外」の体に掛かりまして、「又」とは直接的な統合関係はありません。「又」は修用語(副詞)でやはりそのまま下の「意外」の用に掛かっております。この句法を古文に求めれば、

之又、衆妙之門 (老子)

などがそれです。

割之彌細、所失彌少、割之又割、以至於不可割 (劉徽割圓術)

こういうものは「割の又割」と「割」を名詞の如くし、「之」を副体詞として考えるよりは、「之を割き又割く」と「割」を動詞、「之」を名詞として読み、この連詞的動詞が下の「割」の用にかかっておると考えたほうがよいでしょう。漢文そのものにはいずれを是とすべきかの記号がないことはいうまでもありません。

半醉半醒日復日、花落花開年復年 (唐寅桃花庵歌)

この「日」や「年」は一日、二日、三日・・・、一年、二年、三年・・・と継起的に考えられておるところの「日」であり「年」でありますから、変態動詞の進行的用法にあるものといえます。日本語として読むには「日復た日、年復た年」としておくほかは無いでしょう。「一日、一日とすぐに一年が経ってしまう。」の「一日」と同じ気味です。

「實意外之又意外者」の「實」は下の語の運用状態に掛かる副詞。判定性、陳述に掛かるといえましょうか。「これ正しく先君の御筆」の「正しく」に同じ。「者」は上語を実質として統率する形式名詞(虚字)です。次に参りましょう。

初亂之起也世誰豫測其事之至于如彼哉


「初亂之起也(連詞的名詞)」は「也」があるからと言って「初め乱の起こるなり」などと終止的に読んではなりません。これは下の詞に対しては従属的な立場にあります。「也」は形式感動詞の叙述性従属的用法と呼ばれるもので、上の詞を主観的に提示しております。「初め乱の起こるや」と訓みますが、「起」が高調されておることを意識して読んでください。「初めに乱が起こったときにはさあ」くらいの気味。「豫測」は帰着語(動詞)で、「其事之至于如彼」は客語(連詞的名詞)です。「其事之」は主語ではなく、主体的連体語です。「其の事の彼の如きに至るコト」を誰が予測しようかというのです。「亂之」も同様。

已而亂漸大端剛之徒蓋期以必滅洋夷興清朝而遂不可得、剛則死于端則罪于

「端剛」は端郡王、剛毅のこと。これが人名であることが分かれば、その手前の部分は「已にして乱漸く大に」とでも読んでおけばよいことが分かります。無論「大なり」と終止させても構いません。「期以」こういうのは慣れればすぐに「期するに~を以ってす」などと読めるものなのですが、そうなるまでが難しい。そこで文法がものをいうのです。もしこの「期以」を「期して以って」と読みますと何を期して以ってなのか分からない、また「以」を前置詞として「~を以って~するを期す」と読もうにもどうも「以」の懸かり先がないようである、理論的な説明は飛ばしますが読み方を理屈的に申せばその次にこう考える、すなわち「以」を「以ってす」と読み「以って」の客語を探すのです。これは英語でも前置詞の客語が前置詞の後ろにあるのと同様、「以」の客語は其の後ろにあるはずですからそれを目当てに読んでみますと、「必滅洋夷興清朝(必ず洋夷を滅し清朝を興す)」とありますから之を「以」の客語として考えますと、「必ず洋夷を滅し清朝を興すコトを以って」と読めます。然るにここにおいて「す」の実質的意義が分からないのです。是を補うのが不定法としての立場にある「期」なのです。このような理屈が分かれば「期」と「以」との関係をどう訓読に反映させても構わないわけでありますが、慣習的に「期するに必ず洋夷を滅し清朝を興すコトを以ってす」と読みます(四百四十四項参照)。もし直訳的に読もうとすれば、「期し(不定法であることを意識してください。この不定法は下の「す」に対する補充語です。)、必ず洋夷を滅し清朝を興すを以ってす」となります。「期」と「以」との連詞関係は実質関係です。英語なら「助動詞(形式語)+不定法動詞(実質語)」などに当たります。ただ漢文の「以」には前置詞としての帰着性も同時にあるために客語を取るというのみです。松下先生はこのような実質関係の訓読を評してこう述べておられます:

「召我以煙景」を「我を召すに煙景を以ってす」と読むがそれは外に日本語として適当な読み様がないからである。「召」が実質語で「以ってす」が形式語であるから「召」の意味は直接に「以ってす」の「す」へ懸かるのである。直訳すれば「召於(めしす)」である。「勉強す」「運動す」などに於けると同様に「召し為(す)」である。「召しす」で意味が分かりにくければ仮に「召すことす」としても善い。唯だ「召すこと」というと名詞のように聞こえるから名詞でなく動詞であると思う必要がある。(四百四十五項)



上に述べたことを図にすれば下図のようになります。「期」が「以」の帯びた形式動詞「為(す)」に対して従属しておるのです。これを実質関係というのでした。「以」と「為」との関係は何かしらの連詞関係というのではなく、「以」自体が形式的意義として「為」の意を帯びてそれに統率されておりまして、「以ってす」の意になっておるわけです。こういうのを変態動詞というのでした。前置詞を材料にした形式動詞ですから、前置詞性形式動詞といいます。さらにその形式的意義を単純なる補充語、すなわち不定法の立場にある動詞「期」によって単純に補充せられておりますから、結局、「前置詞性単純形式動詞」といいます。



この図を見ると明らかなように、「期」と前置詞としての「以」は直接の統合関係にはありません。ただ「以(以って)」が帯びた形式動詞「為(す)」に対して補充語であるということです。また「必滅洋夷興清朝」は前置詞としての「以」に対する客語であり、「為」とは直接の関係はありません。ただ前置詞「以」に統率された上で、形式動詞「為」に従属していくのです。

仮に「以必滅洋夷興清朝期」の語順なら「以」と「期」との関係は修用関係になります。


(練習問題)「攻撃敵軍以奇兵」の連詞関係を上図の形式に表してみてください。


後半の句「剛則死于、端則罪于後」は専心して眺めておれば斯くの如く対になっておることに気が付かれましょう。「剛は則ち前に死し、端は則ち後に罪せらる」と読みます。「端」は罪したのではなく、「罪す」る動作を被っておる側ですから被動です。自己被動ですから「罪」の後ろに客語が無いのは当然です。つまり被動の主体が「端郡王」であり、同時に原動の客体も「端郡王」なのです。既に被動の主体として提示されておるわけですから改めて再び客語として示す必要はありません。「端郡王は端郡王を罪するを被った」といわないのに同じです。

今日はここまでにしましょう。



「不敢」と「敢不」とについて

『標準漢文法』(三百五十三項)に云う、

「敢」は副詞であって「無遠慮に」「厚かましく」「づうづうしく」「我儘を通して」といふ様な意である。


「敢呈一言」や「敢不服従」の太字の部分の動作を原動と名づけます。原動の一方は肯定で、他方は否定でありますが、いずれにしましてもそれが我儘な動作として扱われております。一言を呈すことは我儘な出すぎた動作として扱われ、服従しないことも亦た従順でない我儘な動作として扱われております。

従来「敢不」は必ず反転語になるから「不敢」と違ふなどと云っているがそれは半面のみを観たものである。「敢不奉命」などはその原動「不奉命」が如何にも不都合な行為であるから自然反転語になる場合が多いのであって「敢不」が必ず反転語にのみ使はれる道理はない。~省略~「不敢」も反転語になることである。 (三百五十六項)

「敢不」が反転しない例:

公請於華費遂、將攻華氏、對曰、臣不敢愛死、無乃求去憂而滋長乎、臣是以懼、聽命 (左傳昭公二十)

「無乃」は一般に「むしろ」と読まれますが、直訳的に「乃ち~無からむや」と反転して読めばよいのです。上記の場合ならば、「乃ち憂えを去るを求めて滋(ますます)長ぜしむること無からむや(乃ち憂えを去るを求めてますます長ぜしむ)」となるのです。「長」を使動調に訓みましたのは「使憂滋長」の意と考えたためです。こう考えることですべて「公」の動作に帰属せしむることができるのです。そのまま「長ず」と読んでしまいますと「而」の前後で主語が変わる事になります。すなわち「公」が「求めて」、「憂え」が「長ず」ということになります。

「敢不聽命」の「不聽命」は我儘な動作で、普通は反転して「我儘にも命を聴かないでありましょうか(いや、聴く)」となる事が多いわけでありますが、ここでは聴かないのです。「我儘な不遜な動作では有りますが命を聴きません」というのです。

「不敢」が反転する例:

今太子聞光盛壯之時、不知臣精已消亡矣、雖然光不敢以圖國事、所善荊卿可使也 (史記刺客列傳)


「光不敢以圖國事」は「我儘にも賤人にして国事を図ることをしましょうか、いいや、其れは不遜である、が太子の命令であるからして遣らないでいられましょうか、いいや、遣らないではいられない」というのです。

「敢」の位置に注意してください。この「敢」は「以圖國事」の動作を僭越な無遠慮な動作と看做して言うのです。

もし、

雖然光敢不以圖國事

となっておったらどうでありましょう。この場合の「敢」は「不以圖國事」を無遠慮な動作として言うのです。「我儘にも太子の命令を聞かず国事を図るということをしないでありましょうか」というのです。以上のようにこの例文の場合は「不敢」でも「敢不」でも最終的な意味は国事を図ることであるとは言え、意義の具合が違うのです。

戦国策ではこの句は以下の様になっております。:

雖然、光不敢以國事也 (戰國策燕策)

この「敢」は「以乏國事」を我儘な動作と看做しておるわけです。太子の命令を受け我儘にも国事をすてるようなことをしようか、いや、しないと云うのです。文法的直訳をすれば、「私は不的(不は否定副詞)に敢えて以って国事をすつ」ということです。「国事をすてるを敢えてする」を不で以って否定しておるのです。国事をすてることは無遠慮な動作であるが、そんなことはしないというのです。


松尾捨次郎教授曰く:

「敢不」の説明は、實に麻姑を雇うて痒きを掻く様な感がある。十數年前のこと、文検の問題に敢不行と不敢行とを區別せよといふ問題の出た時、自分は某漢学者と議論したことがあった。それは敢不行は元來行かざるを敢てす即ち不行といふことを思ひ切ってする意である。其が漢文によくある反語(形はもとのままの)に轉じて敢て行かざらんやの意に轉じたに過ぎない。初めからそんな意がある筈はない。といふのであったが、適當な例証を擧げ得なかった為に、對者を首肯させ得なかった。然るに本書(標準漢文法)に眞の例証が適確に示されておるのは、實に心ゆく次第である。 (国語と国文学 「標準漢文法を読んで」)




白文読解(句読あり)

今までやってきた知識の確認をしておきましょう。以下すべて梁啟超の『變法通議』よりの引用です。特に赤字については今まで何度もやった変態動詞です。

(一)彼儀禮者、亦六經之一、先聖之所雅言、問今之學子、曾卒業者幾何人也、同一禮記而喪服諸篇、誦者幾絕、豈不應試之無取乎此哉

(二)大腦主悟性者也、小腦主記性者也、小腦一成而難變、大腦屢浚而愈深、故教童子者、導之悟性甚易、強之記性甚難

(三)悟贏而記絀者、其所記恒足以佐其所悟之用(吾之所謂善悟者、指此非盡棄記性也、然其所記者實多從求悟得來耳、不可誤會)、記贏而悟絀者、蓄積雖多、皆為棄材

(四)嚐見西人幼學之書、分功課為一百分、而由家中教授者、居七十二分、由同學熏習者居九分、由師長傳授者、不過十九分耳、兒童幼時、母親父、日用飲食、歌唱嬉戲、隨機指點、因勢利導、何在非學、何事非教、孟母遷室、教子俎豆、其前事矣、故美國嬰兒學塾、近年教習、皆改用婦人、以其閑靜細密、且能與兒童親也、中國婦學不講、為人母者半不識字、安能教人

(一)も(二)も赤字の「以」の用法は同じです。すなわち前置詞性形式動詞です。ただ前者は形式的意義を寄生により実質化し、後者は単純なる実質語(不定法)によって補充せられるという差あるのみです。

(三)は悟性に優れるも記性(記憶力)に劣るものと、記性に優れるも悟性に劣るものとの対比。

(四)の赤字の「於」も前置詞性動詞です。「親」は比較態の動詞。子弟の教育に影響を与えるものは何か、友人、先生などは百分の二十八に過ぎず、残り七十二分は家庭教育に由る、家庭の中でも勢い母親による影響が大きい、よって米国では婦人教育を奨励す、翻って中国の婦人は字を知らぬものが半数、どうして人に教えられようか、の意。


*赤字は全て文法的に同じ用法にあります。

和習を戒める(荻生徂徠『文戒』)

伊藤仁斎其の著「語孟字義」の序に曰く、

夫字義之於學問固小矣然一失其義為害不細 (語孟字義・自序)

「夫(そ)れ字義の学問に於けるや固より小なり、然るに而も一たび其の義を失はば則ち害を為すこと細ならず」

「字義之於学問」の「於」は前置詞性動詞性名詞。単に字義の如何を言うのではなく、字義の学問に於いてすることをいうのです。字義なるものを考えるに学問なるものに於いてするのです。連詞全体で最終的に名詞化して、主体的提示語になっております。「字義の学問に於いてすることはさあ」の気味。

さて、この仁斎の文を評して徂徠曰く、

削去而字則字卻與華人酷肖大氐和語比華語多用轉聲故和語習氣未悉脱者必多用而則者也等字而謂不如此不明白也殊不知文章各有體格故有多用助字者少用者全不用者皆視其聲勢語氣如何耳其必一一配諸和語而謂而て也則れば也可笑之甚

「而の字則の字を削り去れば、却って華人と酷肖す、大氐(おおむね)和語は華語に比べ転声(送り仮名)を多用す、故に和語習気未だ悉くは脱せざるものなり、必ず而、則、者、也等の字を多用して謂へらく、此くの如くせざれば明白ならざるなりと、殊に文章に各体格有るを知らず、故に助字を多用するもの、少しく用いるもの、全く用いざるもの有り、皆其の声勢語気の如何を視るのみ、其の必ず一々これを和語に配して而を「て」、則を「れば」と謂ふは、笑うべきの甚だしきかな。」

「其必一一配諸和語、而謂而て也則れば也」の「謂」は帰着性従属的用法(断句的修用語の一つ)と考えて、「謂へらく(内包的主語の主格的に運用されたもの)」と一旦そこで切って下の語に対して修用語と為して読むも可。其の場合には「謂」以下の「而て也則れば也」全体が模型動詞ということになります。読み下せば「謂へらく、而は「て」、則は「れば」と」となります。

「必多用而則者也等字而謂不如此不明白也」の「而、則、者、也」は全て松下文法では形式詞に分類されております。すなわち、順に寄生形式動詞、寄生形式副詞(所謂接続詞)、単純形式名詞、単純形式感動詞となります。此くの如からざれば、明白ならず、というのはやはり形式詞が実質詞のうちに含まれてしまうことを当時の学習者たちも掴みかねておったのではないでしょうか。『標準漢文法(三百項)』の以下のごとき記述も参考になりましょう。

「增不去則羽必殺增」の「則」は接続詞である。上の「增不去」の意義を借りて自己の実質的意義に供し其の上で下の「羽必殺增」を修飾している。ところが上の「增不去」は「則」に関係なく自己の力で「羽必殺增」へ関係しているので「增不去」と「則」との間には何らの統合関係が無い。 


つまり「增不去」自身が自己の力で下の詞に従属する立場(修用格)を保持しておるのです。「則」がなくても「增去らずんば」と訓むのです。「則」あるが為に「れば(拘束格)」となるのではないのです。ただ「則」あるが為に「增不去」の格が明瞭になるというのみであります。これは寄生形式副詞についての例ですが、ほかの形式詞にも当てはまります。たとえば、五百三項の記述を引用しますと、

「指山而問焉曰乎、曰山可也 (韓愈原人)」の「山(太字)」は疑問的に終止する。これを疑問的用法とする。「山」の下に「乎」が有るが「乎」無しにも「山」は疑問的用法である。「乎」が有れば疑問的であることが明瞭になる。

「山」そのものに独立終止し且つ疑問的なる形式的意義が含まれ得るのです。「乎(形式感動詞)」有りて初めて疑問態になるのではないということです。「而」についてもこうあります(二百三十九項)。

飛羽觴(而醉月)」は「而」が無くても既に「て(方法格)」の意義がある。ただそれが不明確であるから「而」を用いてそれを明確にするのである。~省略~ただ「飛羽觴」は実質的意義は明瞭だが下へ続く意味(即ち「て」の意味)が不明瞭である。「而」のほうは実質的意義は借り物だが下へ続く意味(「て」の意味)は独特の能力であるから、「而」を用いることは続きを明確にする所以である。

これまた同様の理屈です。「而」で以って上語の立場を明瞭にするのであって、「而」有って後に上語の立場が決まるのではないのです。上語は自身の力で下の詞に従属しうるのです。

伊藤仁斎の「然一失其義」の「而」も無くともよいのです。すでに代動詞「然」は自身のみで下へ従属する資格を備えておるのです。「一失其義為害不細」の「則」も同様です。「則」が無くとも「一たび其の義を失へば」の意義、すなわち文法的に言えば拘束格(修用格の一種)の立場を以って自己のみの力で「為害不細」へ従属しうるのです。形式的意義は実質的意義のうちに込めうるのです。

最後に仁斎の原文と徂徠の添削に従ったものとを並べ載せておきましょう。

夫字義之於學問、固小矣、然一失其義、為害不細 (仁斎 原文)
夫字義之於學問、固小矣、然一失其義、為害不細 (徂徠 添削)



参考文献:児島 献吉郎「支那文学考」



杉浦重剛 「漢文譚序」

以下は山岸輯光の「漢文譚」という漢文参考書に明治・大正期の教育家である杉浦重剛が寄せた題辞であります。

山岸翁有漢文譚之著見示於余余一讀喜其有益於初學也抑翁久從事於育英其練熟教授不待言也而今有此著其必為刻下之蒙求矣余與翁相識久矣因一言應求云

「刻下」はただいまの意。「蒙求」は童蒙用の漢文の教科書。

「山岸翁に漢文譚の著有り、余に見示す、余一読して其の初学に有益なるを喜ぶなり、抑も翁は久しく育英に従事す、其の教授に練熟することは言を待たざるなり、而して今此の著有り、其れ必ず刻下の蒙求となさん、余翁と相識ること久し、因って一言もて求めに応ずと云ふ」


「其練熟教授、不待言也」は主体的提示語と其れに対する被修用語。修用関係。「甲は乙である」というと文法的には同じ構造であります。「(甲)教授に練熟するコトは、(乙)言を待たざるコトである」というのです。「言を待たざるコト」といいますと外延性のある語になってしまいますが、実際にはどこまでも叙述性があり且つ内包詞です。

「其必為刻下之蒙求」は「我必謂之刻下之蒙求」に同じ。「為」は模型動詞を客語に取ることを思い出してください。模型動詞はそれだけで独立終止しえますが、運用の変化を尽くすために生産性の動詞に対して客語になったり、形式動詞としての「云」に対して実質語になったりするのです。実質語として表せば「必曰刻下之蒙求云」などとなります。「必曰刻下之蒙求」が実質語、「云」が形式語(単純形式動詞)です。

「因一言應求云」の「云」などが実質語に対する単純形式動詞としての用法です。こちらは「曰」や「謂」なしに模型動詞「因一言應求」がそのまま実質語になっておるのです。「知らないって云う」の「云う」とほぼ同じです。「知らないって」は「知らないとて」と模型動詞が修用格的に運用されておりますから実質関係ではなく修用関係です。無論、これは文法的な説明でありまして、このような文末に置かれる「云」は一種の余情を表す詞と謂うも亦た可であります。

「一言」は名詞の修用格的用法。こういうのを副詞と考えないよう注意が必要です。名詞が副詞的に運用されておるだけで、副詞になったわけではありません。

天下溺、援之以道、嫂溺、援之以手、子欲援天下乎 (孟子離婁上)

赤字の「手」も名詞の修用格的用法です。「手で援(ひ)く」の意。帰着形式副詞(所謂前置詞)の「以」を附けて、「子欲以手援天下乎」とすれば分かりよい。ただこのような形式詞の力を借りずとも連用的に運用できるということです。



山岸輯光、緒言に曰く:
余青年時代山田方谷先生の門に遊び、既にして大阪に来り。高見照陽翁の教へを受けしことあり。両先生とも書を読みて文理に通ぜざれば、意義の深奥を発見すること能はず。若き学生は、兎角大言壮語を喜び、微細の事は措いて究めざるもの多し。是れ則ち将来鹵莽(ろもう)にして煩を厭ふ風を養成し、其の弊尠からずといはれしこと屢(しばしば)なりき。


荻生徂徠の漢文読書法「文理三昧」

荻生徂徠が嘗て漢文初学者の為に作った「文理三昧」一篇を見てみましょう。

夫文理者在上下之分而已夫學者傚先覺之所為也必先知先覺之所為而後可得而傚之矣是以欲學文理者要須先將古人文章來逐句逐字研究將去然後可以有知夫文理之所序而得其所順焉所謂研究之法有虚實之異虚者情思之文字也實者事物之名目也且論虚字研究之法則有二曰離合曰移易離合之法即是將一句來劈頭直下讀去若二三字若 三四字上下更互一離一合而看此乃所以就華人之正也移易之法即是就一句之中若一字若二三字上下遠近移易其所在而看此乃所以正夷語之失也假擧朱夫子大學序中一 句以示其例

不能皆有以知其性之所有而全之也

「離合之法」

不者不何乎能之也不得矣(此以自然之勢 而言以上文或不能齊故生民不能之)能者不能得何事乎悉皆然也不能得矣(皆者生民悉皆也)皆者何事皆然乎有之也皆然矣有者何事有之乎所以者有之矣以者何之所 以乎於知其性而全之也所以然矣(此以字指上文氣質)知者何知乎知其性之所有也(其字指生民)其性之所有五字渉實字故不釋於此也而字接連上下之辭故下此字則 上下二意矣全者全何乎全之矣之者何乎指句中其性之所有矣猶云以知其性之所有以全其性之所有且用之字以就省略此以句中而字知其知全之為兩事也如此離合錯綜看 去而知此句文理之正當如此焉以上離合法畢


それでは最初から読んでいきましょう。受験用の句法集などにも「而已(のみ)」は出ていると思いますが、ひとまず其処までを見てみます。

夫文理者在上下之分而已

文法的なことを申せばこの「而已」の「已」は前に扱いました「被修飾形式動詞」です。「夫(そ)れ文理とは上下の分かちに在るのみ」と読んでしまえばそれまでなのでありますが、文法的に直訳すれば、「上下の分かちに在りて已む」となります。何が已むか、「在りて」の其の効果が已むのです。被修飾形式動詞の小主体の概念は修用語によって補充せられておるのです。「而已」を訓じて「のみ」となる所以斯くの如きであります。

*小主体といいいますのは、たとえば、「門札が出ておる」の「おる」の大主体は「門札」でありますが、小主体は「出て」の効果です。門札が出て、其の効果が依然としてあるのです。しかし、この小主体の概念は主語としてでなく、修用語として補充せられておるというのです。

次の部分をみましょう。

夫學者傚先覺之所為也必先知先覺之所為而後可得而傚之矣是以欲學文理者要須先將古人文章來逐句逐字研究將去

少し長いですが、文法的に変わったところもなさそうです。「夫れ学者は先覚の為す所に傚(なら)ふなり、必ず先ず先覚の為す所を知って後、得てこれに傚ふべし、是(ここ)以って文理を学ばんと欲する者、須(すべから)く先ず古人の文章を将(と)って来たって逐句逐字して研究し将(すす)み去るべきを要す」

「可得而傚之」は「而」があるために修飾形式動詞であることが明瞭でありますが、仮に無ければ「これに傚ふを得べし」とも読めます。しかし、ここでは間に「而」がありますから使動の動詞「使、令、教」などと同様返って読むことはしません。修飾形式動詞とは自身に欠けた概念を統率語である被修用語によって補われる動詞のことです。「得も云わず」の「得」です。「得」に欠けた概念を客語で補えば、「云うを得ず」になるわけです。形式語を先にするか、実質語を先にするかの違いです。

「是以」は「以是」の客語「是」が提示されたもの。客体的提示語。そういうわけでの意。

然後可以有知夫文理之所序而得其所順焉所謂研究之法有虚實之異虚者情思之文字也實者事物之名目也

「然る後、以って夫(か)の文理の序するところを知って、其の順うところを得ること有るべし、所謂研究の法に虚実の異有り、虚は情思の文字なり、實は事物の名目なり」

「有」は(甲)「知夫文理之所序」と(乙)「得其所順」とを客語にとります。客語に対して「有」を帰着語といいます。帰着語がどこまで掛かるかを管到といいます。ここの場合、もし「有」の管到が(甲)までであると考えてしまうと、「以って夫の文理の序するところを知ること有りて、其の順うところを得べし」となります。

次の部分に移ります。

且論虚字研究之法則有二曰離合曰移易離合之法即是將一句來劈頭直下讀去若二三字若 三四字上下更互一離一合而看此乃所以就華人之正也

「且つ虚字研究の法を論ずれば則ち二有り、曰く離合と、曰く移易と、離合の法は即ち是れ一句を将って来たって劈頭直下読み去り、若しくは二三字、若しくは三四字、上下更互し一離一合して看る、此れ乃ち華人の正しきに就く所以なり」

「曰」は次に来る客語が生産物であることを明瞭にする生産性動詞。「曰離合」の「離合」は単なる名詞としての「離合」ではなく、それを離合と云う、などの思念作用を含んだところの詞です。これを模型動詞といいます。動詞の一種ですから「曰」などはなくても事は足ります。ただ此れあるが為に思念作用の産果であることが明瞭になるのです。

責難於君謂之恭、陳善閉邪謂之敬、吾君不能謂之賊 (孟子離婁上)

この「吾君不能(吾が君は不能なりと云フハ)」などは模型名詞とも解しえますが、それは模型動詞の体言化したものといえましょうか。「謂吾君不能者、則謂之賊」とでもなっておれば非常に読みやすくなるのです。

移易之法即是就一句之中若一字若二三字上下遠近移易其所在而看此乃所以正夷語之失也假擧朱夫子大學序中一 句以示其例

「移易の法は即ち是れ一句の中に就いて若しくは一字若しくは二三字、上下遠近、其の在るところを移易して看る、此れ乃ち夷語の失を正す所以なり、仮に朱夫子の大学序中の一句を挙げて以って其の例を示す」

「移易」はうつしかえるの意。
「上下遠近」は「移易」に対する修用語。



(蓋自天降生民、則既莫不與之以仁義禮智之性矣、然其氣質之稟或不能齊、是以)不能皆有以知其性之所有而全之也

()内はあったほうが便利なので、敢えて載せておきました。
「蓋(けだ)し天の生民を降せしより、則ち既に之に与えるに仁義禮智の性を以ってせざるもの莫し、然るに其の気質の稟、或いは齊(ひと)しかる能はず、是(ここ)以って皆以って其の性の有するとこをを知りてこれを全くする能はざるなり」



それではここからいよいよ荻生徂徠の「離合之法」の如何なるものかを見ていきます。

不者不何乎能之也不得矣(此以自然之勢 而言以上文或不能齊故生民不能之)

出だしの「不者不何乎」は少し読みにくい。徂徠自身が「不何」の「不」をどう読んだかは分かりかねますが、ここでは副詞性の動詞として読み下しておきます。すなわち、「不は何をせざるか(不者不為何乎)」と。

*副詞性動詞の出来上がる過程を示すものとして以下のものが参考になりましょうか。

四六有初語平平、而去其一字、精神百倍、妙語超絕者、介甫賀韓魏公致仕啓云、言天下之所未、任大臣之所不、其初句尾有言、任二字而去之也 (楊萬里誠齋詩話)

「嘗」は「嘗言」の意でありますが再び「言」と言わずとも分かりますからその形式的意義「為」を以って表せば「所未嘗為」となり、さらにこの形式的意義「為」の意義が「嘗」に含まれると副詞性の形式動詞になるのです。すなわち「嘗てす」となります。このように副詞を運用すればこそ王安石は初めにあった「言、任」の字を削り去ったのです。


「能之也」は客体的提示語。つまり、「不得能之」とあるべきところの「能之」を上に提示したのです。「之を能(よ)くするをば、得ず」と。

()内も見ておきましょう。「此れ自然の勢いを以ってして言う、上文の「或いは齊しかる能はず」を以っての故に生民これを能くせず」と。「不」を離合の法に則って読むになぜに然なるかと言えば、それは上にある言葉から自然にそうならざるを得ないというのです。上から下に向かって読んでいくわけで、途中で下から上に返るということをしない以上、読み下す度に上の意義に整合させて読むということでありましょう。よって「能之也」の「之」は上文を指すのです。読み下すにしたがってこれが修正されていくことになります。まこと読書とはこれほどまでに徹底して厳格なるべきものぞ、と思わせられる次第です。

能者不能得何事乎悉皆然也不能得矣(皆者生民悉皆也)

「能は何事を得る能はざるか、悉く皆然るをや得る能はず(皆は生民悉く皆なり)」
ここの「然」もこの時点では上文(氣質の稟の等しいこと)を指しておるのです。

皆者何事皆然乎有之也皆然矣

「皆は何事か皆然るか、これ有るや皆然り」此の時点で「有」も目に入っておるのです。そして、ここまでの内容を合わせて「これ有ることは皆が皆、そうであることはできない。」となるわけです。依然として「これ」や「そう」の中身は上文のままです。なぜなら「有」の真の客語は「有」の後に来るからです。そこまで読まない以前には上文と整合させるしかありません。

有者何事有之乎所以者有之矣

「有は何事をばこれ有るか、所以(直訳すれば、ソレヲ以ってするところのソレ)の者これ有り」
ここでもまた次の「以」の字は目に入っておるのです。

以者何之所 以乎於知其性而全之也所以然矣(此以字指上文氣質)

「以は何の所以か、其の性を知りてこれを全くするに於いてや然る所以なり(此の以の字は上文の気質を指す)」
ここでも大雑把に「以」以降を眺めてあるのです。ここに於いて「有」の客語が不十分に修正されるのです。
「等しかる能はざる気質をもっては皆が皆然(知其性而全之)することが有ることはできない」ということ。

知者何知乎知其性之所有也(其字指生民)

「知は何を知るか、其の性の有するところを知るなり(其の字生民を指す)」
また「不能皆有」の「有」の内容が修正され詳細になります。

其性之所有五字渉實字故不釋於此也而字接連上下之辭故下此字則 上下二意矣

「其性之所有の五字、実字に渉る故にここに釈かず、「而」の字は上下を接連するの字なり、故に此の字を下せば則ち上下二意なり」

全者全何乎全之矣

「全は何を全くするか、これを全くす」

之者何乎指句中其性之所有矣猶云以知其性之所有以全其性之所有

「之は何ぞや、句中の其性之所有を指す、猶ほ以って其の性の有するところを知り以って其の性の有するところを全くすと云ふがごとし。」

且用之字以就省略此以句中而字知其知全之為兩事也

「且つ之の字を用いて以って省略に就く、此れ句中の而の字を以って其の知全の両事たることを知ればなり」

如此離合錯綜看 去而知此句文理之正當如此焉以上離合法畢

「此くの如く離合錯綜し看去して此の句の文理の正当なること此くの如きを知る、以上離合の法畢んぬ」

「移易之法」については日を改めて。

被修飾形式動詞

今回は「被修飾形式動詞(二百三十四項)」なるものを扱います。まず日本語の例を見てみましょう。

道を教えてやる
手紙を書いて居る
字を書きつつある

太字が被修飾形式動詞で、下線字がそれに対する修用語で、皆方法格(修用格の一つ)にあります。本来修用語は被修用語の意味を詳しくするもので、これが無くとも被修用語の概念に欠陥を生じるものではありません。たとえば、

墨を磨って字を書く

この場合は「墨を磨って」が「字を書く」を修飾しておるのみで、仮に「墨を磨って」を除いても、「字を書く」のみで何ら不足はありません。ただ詳しくなくなったというのみです。然るに「道を教えてやる」の「教えて」を除いて「道をやる」と言ったのでは意味を成さない。少なくとも「やる」の意義がこれでは変わってしまう。「道を教えてやる」は何を「やる」のかと言えば、道を教えるという方法を以って、其の効果をやるのです。すなわち「道を教えて」は形式上は修用語とは言え、その実、「やる」に対して補充語としての役割をも果たしておるのです。言い方を変えれば、補充と云う役割を果たすために修用語という立場を以ってするのです。目的は補充でありますが、「やる」は直接に補充語(主語、客語、実質語)を取れないために常に修用語と云う形式において実質を補充されているのです。

He is writing the letter.
(彼が手紙を書きつつある。)(手紙を書いて、其の動作の効果がある。)
Der Brief ist geschrieben.
(手紙が書いてある。)(書かれて、其の動作の効果がある。)

西洋文法でいう分詞法は実は動詞の一格なのです。彼らは名詞の格をのみ説きますが動詞にも格はあるのです。否、詞である以上は必ず何かしらの資格を以って他詞と関係するわけでありますから、格のない詞などというものはそもそも無いのです。不定法は実質格を以って助動詞に従属し、分詞法は修用格を以って助動詞(have、be)に従属し、副詞は専ら連用格、副体詞は専ら連体格であるというのです。

上文の「is、ist」(被修飾形式動詞)は、修用格(分詞法)を以って自己(is、ist)の形式的空虚を実質化しておるのです。「ある」の大主は「彼」でありますが、小主は「其の動作の効果」なのです。彼があるのではなく、彼が書き、其の効果があるのです。「is」に欠けている小主体の概念を直接に補いたくとも既に「He」なる主語をもっている以上主語(補充語)として補うことはできません。そこで修用語(分詞法)として補うのです。これにつきましては独逸語に以下のような文がありまして、それを合わせて考えるとこの小主体なるものの意味がより一層明らかになると思います。

Es wird geschrieben.
(ソレガ書かれている。)
Es wird gearbeitet.
(ソレガ働かれている。)

この「es」は一体なんでありましょうか。単に形式上主語が必要であるからとて置かれたものでありましょうか。私はこれを小主体が概念化し主語となったものと看做したい。「書かれて」なる方法の効果があるのであり、「働かれて」なる方法の効果があるのです。「es」は形式上必要な主語であると同時に本来合主化する被修飾形式動詞に対する小主体の観念が分主化したものであると見做したいのです。他の修用語が先頭に置かれ倒置された場合などは、

Heute wird nicht gearbeitet.

となり、「es」は合主化します。西洋の文だからとて必ず主語があるわけではないのです。「Heute(今日)」は修用語。


それでは漢文の例を見てみましょう。

小子鳴鼓而攻之可也 (論語先進)
魏人曰、商君秦之賊、秦彊而賊入魏、弗歸不可 (史記商君列傳)

「可」に欠けている概念を客語を以って補えば、すなわち「可鳴鼓而攻之」とすればこれは客体関係でありますが、原漢文はそれを修用語の形式で以って表すもその実、補充をしておるのです。補充を目的とするところの修用語なのです。「鼓を鳴らしてこれを攻めて、(其の動作の効果が)可なり」というのです。何が可か、と言えば攻めるという方法の効果が可だというのです。「攻めるが善い」の意を含むのです。何が不可か、商君を送り返さないという方法の効果が不可なのです。「可」も「不可」も修用語の為に小主体が合主化しております(六百八項参照)。

『標準漢文法』では被修飾形式動詞としてさらに「足、而已」などを挙げておるのでありますが、被修飾形式動詞なるものは修用語によって実質的には形式的空虚を補充もせられておるものを意味するというのならば、以下のようなものも被修飾形式動詞といえましょうか。

雖則子弟之中、刑及之 (荀子非十二子篇)

「宜」は前語「而」によって修飾されつつも実質的には小主体を補充されております。刑が之(子弟)に及んで、其の効果が宜しということです。ここの「則」の用法は説明を要しますが後日に譲ります。(興味がある方は『標準漢文法』の「判断の提示」七百二十六項を参照してください)

日本語と漢文とはどちらも修用語(下線字)が先で、其の後に被修用語である被修飾形式動詞(太字)が来ますが、英語も独逸語も其の反対であることにも注意してください。漢文の詞の排列は日本語のほうに近いということの一端です。

英語の被動(一般的被動)

『標準漢文法』の五百二十項に西洋の被動に附いてこう記されております。

漢文や日本語の被動は人格的被動である。人格とは利害を感ずる能力としての人格をいうのである。

英語などの被動は一般的被動であって他動性動詞にのみ存し、単に主体の客体に対する他動的動作を客体から観て客体を主体として考えて之を被動というのである。それだから主客を換位すれば皆被動になる。「人が月を見る」を換位して「月が人に見られる」という様に言えばそれで被動になる。漢文では「月被人観」は「月」を擬人して利害を感ずる主体として取り扱わない限りはそうは言えないのである。

上記の記述では英文法などの被動は人格的被動ではないようにも思われますが、作用そのものに与奪を意味する性質があれば、その与奪の行為が及ぶところの人格的対象を被動の主語として表すときには自ずから人格的被動になります。

I was robbed of my money.
He was given a book by me.
They are taught English by him.
My father was told the story by him.

「A book was given him by me」とすれば、これは利害の授受を伴わない一般的被動でありますから漢文では主体を擬人しない限りそういう表現はできませんが、上記の文例はいずれも人が与奪の動作そのものを受けるのではなく、その動作より生じる利害を受けておるのですから人格的被動といえます。「I was robbed of my money.」は私自身が盗むという動作を被ったのではなく、金を盗まれるという動作の損害を私が被ったのです。漢文にすれば「我被偸銭」「彼等被彼教英語」「彼被我與書」「我父被彼告其事」などとなります。「銭見偸(銭が偸(ぬす)まる)」「書被與(書が与えらる)」などとは擬人化しない限りいえないのです。

西洋文法の被動は他動性動詞にのみ存すとありますが、これは厳密に言えば連詞を含む他動性動詞に限るということでありましょうから、連詞的動詞として他動性を帯びたものは被動にすることができます。

I was looked at by everybody.

「look」はもともと自動性でありますが、「look at」は連詞の他動性動詞だというのです。


(練習問題)「我、父母に子弟に英語を教えしめらる(両親から、子弟に英語を教えよと言いつけられるの意)」を漢文にするとどうなりましょう。被動は「被」を使って表し、使動は「使」を使うことにしましょうか。(十文字)

品詞の転化(一致性動詞に対する客語の分類)

今回取り扱います題目は従来の漢文典では品詞の転化などと呼ばれておるものの一つです。松下文法では変態詞と呼ばれます。変態詞とは、一詞の内部に異なる二性質を含むも、それらの間に直接の文法的統合関係があるために最終的に一方が他方を統率し、その統率部が詞の全体の性能を代表することになるものです。つまり、変態詞は最終的に名詞なり動詞なり副詞なりの品詞になるということです。ただ端から名詞や動詞である正態の品詞と区別して変態詞と呼ぶのです。

日本語の例を挙げれば、「我ながら恥ずかしい(名詞性副詞)」、「我も人なり、彼も人なり(名詞性動詞)」、「(道が)近かり(動詞性再動詞)」などです。「人なり」は「人に」と「あり」とが約せられ、「近かり」は「近く」と「あり」とが約せられたものです。この「あり」は「我」と「人に」とを繫ぎ、「道」と「近く」とを繫ぐことで、概念の或る者との一致を表すものでありますから、論理学で言う「繋辞(copula)」と看做すこともできます。要しますに、「あり」は「有り」や「在り」とは異なり、一致という一種の形式的意義を表す動詞といえます。他に一致を表す形式動詞を挙げれば「する、なる、いふ」などがあります。

(例)
*下線部と太字との関係は客体関係(客語(一致格)と帰着語(一致性動詞)との関係)です。
「子として其の父を父と」(「其の父」と「父と」との一致。「父と」は一致の対手でこれを「一致格的客語」といいます。動詞の格です。)
「字を太く」(「字」と「太く」との一致)
「息子が官吏になる」(「息子」と「官吏に」との一致)
「This flower is beautiful.」(この花は美しくあり。「this flower」と「beautiful」との一致。「beautiful」は一致格です。)

(臨時に一致性を帯びる例)
「御説を面白く拝聴しました。」
この「面白く」は一見副詞の修飾語のようにも見えるかもしれませんが、上記と同様一致格的客語です。動詞の一格です。然らば、それに対する一致性動詞はどれかと申しますと、実は「拝聴しました」のうちに含まれておるのです。すなわち、「御説を拝聴して、面白く思いました。」の意で、この臨時に帯びた「思う」という一致性に対して「面白く」は客語なのです。こういう用法は他にもいくらでもあります。

「皿を綺麗になめる。」
この「綺麗に」も副詞でなく動詞の一致格です。英訳してみれば一目瞭然でありましょう。「なめる」は「皿を舐めて綺麗にする」の如く、一致性を臨時に帯びてます。

「戴いたドレスを寝巻きに着る。」
戴いたドレスを着て、寝巻きにするのです。(「戴いたドレス」と「寝巻きに」との一致。一致性は「着る」のうちに含まれておるのです。)


ここからが漢文の話です。漢文においても一致性動詞とそれに対する客語との関係を表す方法はあるのですが、上述したように一致性は一種の形式的意義でありますから、これを実質的意義を表す詞のうちに含めてしまうことができるのです。これは使動、被動の形式的意義が実質を表す動詞のうちに含まれてしまうのと同じ道理です。

たとえば、

此花美

といったとき、これが「この花、美し」の意なのか、「この花、美しかり」の意なのかは判然としないのです。形式的意義は「美」のうちに含まれてしまうのです。日本語では明瞭に区別できますし、英語では「美しくあり」と必ず動作動詞として表します。もちろん、「美し」であろうと、「美しかり」であろうと意義において大差あるわけではありません。ただ文法的に一方は状態として表し、他方は動作として表すというのみです。

「あり」なる形式的意義が実質詞のうちに含まれてしまう例を見ました。次に「す(為)」なる形式的意義を含む例を見ます。これが今回の主眼です。

さきに「子として其の父を父とす」という例文を挙げましたが、これを漢文にすれば「子焉而以其父(其の父を以って父と)」とできるわけでありますが、「為父」の「為」は父を「父なるものと思う看做すといった形式的意義を表すものですからこれを「父」のうちに含めて、

子焉而其父(其の父を父とす)

ともできるわけです。後者の「其父」は名詞で、前者の「父」に対する客語です。前者の「父」は「為父」の意です。内部に「父」なる実質的意義を持つも、形式的意義「為」によって統率されておりますから品詞としては動詞になります。名詞性動詞です(四百三十六項参照)。「父」に動詞としての用法があるのではないのです。「父」なる概念が一致性動詞の意義を帯びたに過ぎません。

「父とす」はもともと「父と」なる客語と、「」なる一致性動詞から成りますが、文法的に直接の統合関係(つまり客体関係)がありますから、一詞化してしまうのです。「美しく」と「あり」とが一詞化して「美しかり」になるのに同じです。
客語 帰着語(動詞)
父と

わざわざ表にするほどのことではありませんが、上表は「父とす」を表すに日本語と漢文とでどのような差があるかを示したものです。最初の列は日本語で表した場合、二列目は漢文で表した場合です。「父」なる実質的意義と「為」なる形式的意義とを明確に分けて表しております。しかし、この形式的意義が「父」なる実質詞に含まれると、もしくは、「父」なる実質的意義が「為」なる形式的意義を帯びると三列目のように他動性の動詞として一詞化するわけです。この類の句はいくらでもあります。以下に例を挙げておきます。皆一致性の動詞とその客語とが一詞化し他動性の動詞になったものです。

是欲臣妾我也、是欲劉豫我也 (胡銓戊午上高宗封事)
爾欲吳王我乎 (左傳定公)
臣焉而不其君 (韓愈原道)

叟不千里而來 (孟子梁惠王上)
欲修其身者、先其心 (大學)
反古者不可、而循禮者不足 (史記商君列傳)
智而能者、小人也 (孔子家語)

上三つは名詞を材料として動詞化したもので、下の四つは動詞(形容詞含む)を材料として再び動詞化したものです。
上から、「我を臣妾にせんと欲す」「我を劉豫にせんと欲す」、「我を吳王にせんと欲するか」、「其の君を君とず」、「千里を遠しとず」、「其の心を正しく」、「古に反する者も非とべからず、禮に循ふ者も多とするに足らず」、「智を色に有りと」となります。太字は斜線字と下線字との一致的動作を表し、斜線字と下線字とを一致させます。下線字は斜線字の一致すべき対手(一致格的客語)を表します。下線部(一致格的客語)と太字(一致性動詞)とはもともと二つの概念が一詞化したのですから、これを分かちて二つとすることもできます。

たとえば「是欲劉豫我也」は、

是欲使我劉豫

となります。「劉豫」なる固有名詞を材料とする動詞(『標準漢文法』では生産格と呼ぶ)と「為」とが一詞化したのです。

「先正其心」を訓んで、「其の心を正しくす」としましたが、文法的には「其の心を正しとす」とも訓めます。前者は実際に其の心を正しい者にするのです。後者は正しいものと看做すのです。一詞化したに概念を明瞭に分けて漢文にすれば、「變其心」と「以其心」との差があります。前者を客観的一致、後者を思念的一致と名づけておきましょう。




方向の名詞、数詞の進行性(変態動詞の一種)

日本語で「正午より三十分間を食事時間とす」といった場合の「三十分間」は進行的、継起的に考えられた概念で、動詞ではありませんが客体とともに考えらるべきものですから、帰着態にある名詞といえます。単に「三十分を食事時間とす」では概念に欠陥を生じておるわけです。欠けた概念を補充してやらねばなりません。それが「正午より」です。これは「三十分間」の帰着性に対して客語になっておるわけです。

漢文においても方向や数詞などが進行的に考えられることは無論ありますが、其の場合には進行作用の内包が主となり却って名詞の概念が之に統率せられることになりまして、結局の品詞は動詞になるのです。名詞性動詞の進行的用法と呼ばれるものです(四百三十九項参照)。

十年窗下無人問、一舉成名天下知 (歸潛志)

この「十年」は「十年す」と考えらるべきものと思います。「窗下」は窓の下。苦学すること。
以下もまた同じ構造です。

禹八年於外 (孟子滕文公上)

これも一年、二年、三年・・・と進行的に考えられたものです。動詞です。
ここに於いて以下の如き文をどのように解しましょう。

共君一夜話、勝讀十年書 (二程全書)
誤讀十年書、未解一箇字 (岩垣月洲・自訟)

君と一夜話すことは、十年の読書にも勝るということでしょう。意味は了解できたとしまして、はて「讀十年書」とは如何なる連詞関係でありましょうか。「十年の書を読むに勝る」と読んだのでは意味の上においてやや無理がありましょう。もし「十年の読書に勝る」と読みたければ、「勝十年之読書」でなければなりません。また「十年読書するに勝る」と読みたければ、「勝十年読書」とすべきですし、また「読書すること十年に勝る」と読みたければ、「勝読書十年」とあるべきです。それでは上の句は一体どう読むか、私はこの「十年」を名詞性動詞の進行的用法と解したい。すなわち「読むこと、書に十年するに勝る」と訓みたいと思います。構造としてはさきの「十年窗下」と同じです。「窗下」が「書」に変わっただけです。窓の下に十年か、外に八年か、書に於いて十年かの違いです。


『於』の用法

松下大三郎博士の『標準漢文法』六百四十六項に、説話の続きの上から客体が決まっている場合に其の客体の観念が概念化せずに、帰着語(副詞、動詞)の内部に含まれてしまう場合を論じてあります。松下文法では非帰着化と呼んでおるものですが、通俗に云えば客語の省略です。「昨日は飲みすぎた」と言えば、いちいち言わずとも酒を飲みすぎたことは分かります。しかし、これを松下文法では省略といわず帰着語の非帰着化というのです。「酒」なる客体の観念は概念化していないだけで、「飲む」のうちに観念として含まれておるというのです。

前置詞の非帰着化の例を一つ引用すれば、

遂去不復言  (屈原漁父辭)
などがそうです。この前置詞「與」は「與屈原」の意でありますが、言わなくてもわかりますから概念化せず「與」のうちに含まってしまったのです。

松下博士は「于」にもその用法があるとおっしゃって、
之子歸 (毛詩)
の例を挙げておられます。「于」は「于是」の意で、「是」は観念のままで概念化せず「于」のうちに渾然と含まれておるというのです。そして「」にはこのような用法は無いようであるといわれておるのですが、以下のごとき文もありますので参考に載せておきます。

以感化賊盜、贓吏有餘矣 (智囊見大)
以合山水之樂、成君子之心、宜也 (柳宗元序飲)

この「於」はどうでありましょう。「於是」の意として考えれば、「ココ(またはココニ於いてして)以って賊盗
贓吏を感化するに余り有り」と読みましょうか。無論、「於(ああ)、以(おもんみるに)賊盗贓吏を感化するに余り有り」とも読めます。なんとなれば「於」は感動詞としての用法もあります。この場合の「以」は非帰着化した前置詞性動詞性名詞(変態詞の一種。四百七十二項参照)として解します。「以ってすること」の意。以下のと同じ用法です。

古人秉燭夜遊、良有以也 (春夜宴桃李園序)

「古人燭を秉(と)って夜遊ぶ、良(まこと)に以(ゆえ)有るなり」と訓みます。こちらは「以」が客語であちらは主体的提示語であるというのみです。しかし一般に客語の場合は「以(ゆえ)有り」と読まれます。直訳的に読めば「以ってすること有り」です。仮に非帰着化した客体概念と「以ってす」の「す」に当たる動作を補えば、「良有以之秉燭夜遊(良にこれを以って燭を秉り夜遊ぶこと有り)」または「良有以為歡無幾何秉燭夜遊(良に歓を為すに幾何(いくばく)も無きを以って燭を秉って夜遊ぶこと有り)」などとなります。「歓樂を為す時間などいくばくもないのだから、夜に灯りを取ってまで遊ぶこともあらむ」の意。(四百七十三項参照)


【参考】
『爾雅』に曰く

爰於也、又曰爰於也






使動、被動について

使動(いわゆる使役)、被動(いわゆる受身)は、元となる動作(原動)に形式的意義を加えるものです。日本語ではいわゆる助動詞(す、さす、しむ、る、らる)を使って使動、被動の意を表しますが、漢文ではこれらを「使、俾、遣、敎、令、被、為、見、遇、遭」などの動詞(日本語の助動詞とは異なります。英文法のauxiliary verbと同様、実質的意義はなくとも独立した詞です。)を用いて表す場合もありますが、もとより形式的意義でありますから、実質概念の一運用として表すことも可能なのです。しかし、其の場合には、形式的意義が実質詞に含まれてしまって形の上からはそれが原動のままなのか、使動被動の形式的意義を帯びているのか、判然としないという憾みがあります。こればかりは前後から意義を考えるなり、歴史的事実を調べるなりするしかありません。


小役大


動詞「役」が原動(直接動)の場合。(単純に「役す」の意味にして、使動や被動の形式的意義を帯びておらない場合。)

主体 客体
原動

この表は、動詞「役」が原動のとき、その主体と客体とがそれぞれ何であるかを示したものです。動詞が原動の場合にはどうということもありません。すなわち、「小」が主体で、「大」が客体です。読み下せば、「小が大を役す」となります。「小役大」とたった三字でありますが、動詞「役」が全く自身の文法的性能を表しておらないため、文法的には以下に示すように複数の解釈が可能です。どの解釈になるかの判断は全て読者の側に委ねられます。実際に漢文を読む場合には、前後の関係からその意義を直感できる場合も多いですが、内容そのものが難しければ、どうしても文法的に考察する必要があるのです。

それでは次に動詞「役」が被動の意を帯びた場合を見てみましょう。


動詞「役」が被動の場合。


(イ)「小が大に役せらる」
主体
客体
原動
被動


(ロ)「小が大を役せらる」
主体 客体
原動 不明
被動 不明

*「不明」というのは、この文だけでは分からないということ。

上記のように「役」が被動性を帯びた場合には二通りに考えられるのです。(イ)(ロ)ともに、原動の主体と被動の客体とが同じなのは、理として当然であります。つまり、原動の主体は是れすなわち被動の客体であり、被動の客体は是れすなわち原動の主体であります。「他人に殴られる」と言えば、「殴る」(原動)の主体は「他人(原動の主体)」ですし、「殴られる」という動作を被るところの客体もまた「他人(被動の客体)」です。「悪人に人を殺させる」と言えば、直接手を下す主体、つまり原動の主体は「悪人」ですし、「殺す」という動作を為さしめる対象、つまり使動の客体もまた「悪人」です。

(イ)と(ロ)との違いは、(イ)は小が大より役すという動作を被るもので、(ロ)は小が、大を役すという利害を某のもの(原動の主体、すなわち被動の客体)から被るのです。役すという動作を直接に被っておるのは「大(原動の客体)」であることに注意してください。「私は盗人に財布を盗まれた」と言えば、盗むという動作を直接に被っておるのは「財布」であるのに同じです。然らば「私(被動の主体)」が被っておるのは何かと言えば、それは「盗む」という動作の被害です。便宜のために(イ)と(ロ)との被動にそれぞれ名前を附けておきましょう。(イ)のような自己が直接に動作を被るものを「自己被動」といいます。(ロ)のような自己の所有物が動作を被るも、それを自己の利害(害の場合が多い)として表すものを「所有物被動」といいます。

日本語の被動にはさらに「所有物自己被動」と「他物被動」とがあります。いずれも被動の主体が利害を受けるという点においては同じです。

(例)
「父、子に死なれる」(所有物自己被動、子供の死という悲しみを被る)
「同期入社に出世される」(他物被動、同期の出世という屈辱を被る)


(所有物被動の例) 

「比干剖心」(比干は心を剖かる) (韓非子難言)


これ、上の(ロ)と同様の構造であります。すなわち自己の所有物たる「心」が裂かれたのでありますが、ここではその利害を自己が被ったものとしての形式において表しておるのです。

「愈縻於茲、不能自引去、二生以待老、今皆為有力者奪之」 (韓愈送溫處士赴河陽軍序)


「愈茲(ここ)に縻(つな)がれ、自ら引き去る能はず、二生以て老を待つ、今皆有力者の為にこれを奪はる」
「縻」も被動調に訓みましたが、これは愈自身の被害ですから自己被動です。所有物被動は「奪之」の部分です。「奪う」という動作を直接に被っているのは「之(石生、温生の二人を指す)」ですが、ここでは愈は隠居後の楽しみを失うという害を被っているのです。もし二生を奪われることを自己の利害と感じておらないならば、なにも被動にする必要はないのです。被動であることは前置詞「為」の一字を以って知れます。


動詞「役」が使動の場合。

(イ)「小が大に役せしむ」
主体 客体
原動 不明
使動

(ロ)「小が大を役せしむ」
主体 客体
原動 不明
使動 不明

これも(イ)と(ロ)との違いに注意してください。(イ)は小が大(原動の主体、すなわち使動の客体)に対して某のもの(原動の客体)を役すということをやらせるのです。(ロ)は小が某のもの(原動の主体、すなわち使動の客体)に大(原動の客体)を役すということをやらせるのです。

(イの例)

「東國有魯仲連先生者、今其人在此、勝請為紹介、交之於將軍」 (史記魯仲連鄒陽列傳)


「東国に魯仲連先生といふもの有り、今其の人此に在り、勝請ふ紹介を為してこれを将軍に交らしめん」
「交」は自動性のためもともと他動的客体を持ちません。すなわち「之」は使動性に対する客体です。使動の客体ですから原動の主体に同じです。「之(原動の主体)」が「将軍(原動の依拠的客体)」に交わる(原動)ということを「勝(使動の主体)」が「之(使動の客体)」にやらせる(使動)、というのです。「これを」と他動的に訓んであるのは、「交」が自動性で他に他動的客体を取らないためです。原動の動詞が他動性の場合は使動の客語は「~に」と依拠的に訓むことになります。

夫以鳥養養鳥者、宜栖之深林、遊之壇陸、浮之江湖食之鰌䱔、隨行列而止、委蛇而處 (莊子至樂)

赤字のうち、「食之」以外はすべて原動が自動性の動詞ですから「之を」と他動的に読みますが、「食之」だけは「食らふ、または食(は)む」という他動性の動詞ですから「之に」と依拠的に読む慣わしなのです。もし「之を」と他動的に読んでしまいますと、原動としての「食」の客語「鰌䱔」と、使動としての「食」の客語「之」とがともに他動格的(日本語の「を」格)になってしまい具合が悪いためです。すなわち「これを鰌䱔を食らはす」となってしまうのです。「之」を依拠格的(日本語の「に」格)に読めば、「これに鰌䱔を食らはす」と自然な調子になります。

(ロの例)

「下馬飲君酒」 (王維 送別)


「馬を下りて君に酒を飲ましむ」
「君(原動の主体)」が「酒(原動の他動的客体)」を飲む(原動)ということを(使動の主体)が「君(使動の客体)」にやらせる(使動)、というのです。「君」は「飲」の使動性に対する客語で、「酒」は原動としての「飲」に対する客語です。均しく「飲」に対する客語とは言え一つは原動としての実質的意義に対する客語で、一つは使動としての形式的意義に対する客語なのです。




原動のみなら単純なものが、使動なり被動なりの間接動の意義を帯びると複雑になりますのは、使動、被動が複念詞と呼ばれるもので、一詞のうちに二つ以上の観念が含まれているためです。使動の場合は、「役」という一詞のうちに「役す」という実質的意義と、其の動作を為さしめるという形式的意義との二つを持つことになり、この実質・形式の両意義それぞれに主体概念、客体概念が存在するためにややこしく感ぜられるのです。

一番初めに掲げた文は孟子の一節でして、今ここにもう少し長く引用しますと、

天下有道、小德役大德、小賢役大賢、天下無道、小役大、弱役強 (孟子離婁上)

となります。これは一般に「天下道有れば、小徳は大徳に役せられ、小賢は大賢に役せらる、天下道無ければ、小は大に役せられ、弱は強に役せらる。」と訓まれますが、これは論理的に前後よく条理一貫するように読者の側で解釈した結果そう読まれることになっておるだけでして、実際のこの言葉の真意は本人にしかわからないのであります。少なくとも文法的には上記のように使動なり、被動なりの形式的意義を帯びてる可能性は勿論のこと、また「小徳、大徳に役せられんや」などと反語の意味をすら帯びてるかもしれません。しかし、それらは全て形の上では判断できないのです。「使」や「被」や「於」や「哉」などの形式的意義を表す詞を付け加えておいてくれれば、曖昧さは取り除かれ意義はほぼ確定したわけでありますが、原文にはそういう形式的意義を表すための形式詞が一切無いのです。何もないのですから、「天下道あり、小徳、大徳を役し、小賢、大賢を役す、天下道無し、小、大を役し、弱、強を役す」とも読むことも無論できます。果たして形式的意義が実質詞のうちに含まれておるのか、おらないのか、これは見た目には判定し得ないということになります。これ以上は文法のみではどうしようもないのです。


【まとめ】

使動、被動を表す形式は三通り。

(イ)実質詞(原動)が自身のうちに形式的意義として使動、被動の意義を帯びる場合。

非志前定、其孰能成盖天之功、以信天下後世乎 (朱伯賢 論志)

「天下後世に信ぜられんや」であり、「天下後世を信ぜんや」ではありません。「天下後世」は「信」が帯びた被動性に対する客語(すなわち原動の主体)なのです。「被天下後世信乎」に同じ。


(ロ)使動、被動の客体、すなわち原動の主体を表すに使動、被動を帯びた実質詞の客語にするのでなく、上に前置詞「為」を置き、これが客語を以ってする場合。この場合も動詞が使動や被動の形式的意義を帯びておるかどうかは読者の判断に委ねられるのですから、(イ)と同様やはり厄介であることに変わりはありません。

唯睢亦得謁、睢請為君見於張君 (史記范睢蔡澤列傳)
「唯だ睢も亦た謁するを得、睢(使動の主体)請ふ、君(原動の主体)の為に張君(原動の依拠格的客体)に見え(原動)しめむ(使動)」

これは、

唯睢亦得謁、睢請為見君於張君

となっているものもありますが、先に挙げた「勝請為紹介、交之於將軍」とよく比較してみてください。使動の客体(君)を上に出し前置詞の客語とするか、使動性を帯びた動詞(見)に対して直接使動の客語とするかの違いがあります。「為之交於将軍」としてみればよくわかりましょう。もちろん前置詞「為」の意義も加わるのですから、ただの使動のときとは意味に若干差が出ます。

(ハ)使動、被動を表すに「使、俾、遣、敎、令、被、為、見、遇、遭」を以ってする場合。これは誰が読んでも迷う余地がありませんから、非常にありがたい。

*「為~所~」は効果としては被動と同じですが、動詞の相としての被動ではありませんからここでは扱いません。



使動の使動

使動とは所謂使役のことです。他物にある動作を為さしめるという形式的意義を与えます。使動といえども動作の主体に対しては、一つの単なる動作に過ぎませんから、それをまた使動化することができます(『標準漢文法』五百十八項参照)。まず日本語の例で見てみましょう。


曽祖父、祖父に父に子を上京せさせしめしむ


こんな日本語を書く人はいないにしましても、とにかく理屈の上ではこのように使動を延々と重ねることができます。上の文はもと、「子が上京す」という子の作用を子の作用として表したものでありますが、これを他に主体あるものとして其の主体が子に対して斯かる動作を為さしめる、すなわち子の動作を他の主体による動作として表すと、


父、子を上京せさす


となるわけです。これは父の動作としてはやはり一つの単なる動作でして、「子が上京す」の「上京す」が「子」の動作であるのに同じです。よって再び父の動作を他に主体あるものとして表してみますと、


祖父、父に子を上京せさせしむ


となります。上記の理屈をもう一度上文に適用しますと、


曽祖父、祖父に父に子を上京せさせしめしむ


となるわけです。斯くの如き作業はどこまでも繰り返せます。



漢文の例を挙げますと、


鄉使二世有庸主之行、而任忠賢、臣主一心而憂海內之患、縞素而正先帝之過、裂地分民以封功臣之後、建國立君以禮天下、虛囹圉而免刑戮、除去收帑汙穢之罪、使各反其鄉里、發倉廩、散財幣、以振孤獨窮困之士、輕賦少事、以佐百姓之急、約法省刑以持其後、使天下之人皆得自新、更節修行、各慎其身、塞萬民之望、而以威德天下、天下集矣 (史記・秦始皇本紀)


上文は「威徳を以って天下に与す」という「天下の人」の動作を他に主体あるものとして、すなわち「二世」の動作に同化せしめて、「与せしめ」と為します。これにより、「天下の人」の動作ももはや「二世」の動作になるわけです。この「二世」の動作もまた他に主体があり其の主体の動作に同化せしめると、「与せしめしむ」となるわけです。仮に「二世」に対してこのような動作を為さしめる主体を「天」とするならば、上記の文は「天が~威徳を以って与せしめしめば、天下集らむ」という構造になります。要するにすべて「天」の動作に同化せしめられたわけであります。




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漢文の読み方、前後の関係を考える

今父兄之愛其子弟非不知教要其有成十不能二三此豈特子弟與其師之過為父兄者自無一定可久之見曾未讀書明理遽使之學文為師者雖明知其未可亦欲以文墨自見不免於阿意曲徇失序無本欲速不達不特文不足以言文而書無一種精熟坐失歲月悔則已老且始學既差先入為主終身陷於務外為人而不自知弊宜然也

程畏齋「讀書分年日程」の序文よりの引用です。白文を読むのに文法が大いに効力を発揮するとは言え、やはりそれだけでは完全ではありません。前提となる知識が必要な場合もありましょう。しかし、ここではそういうものは必要ありません。ただ、前後の関係を考慮して、筋の通った読み方をしなければなりません。これは一見当たり前のようでありますが、漢文の場合詞と詞との関係が不明瞭なため、文法的には複数の読み方が可能な場合が多々あります。上記の「不特文不足以言文」の部分を使って説明します。

今父兄之愛其子弟、非不知教、要其有成、十不能二三、此豈特子弟與其師之過、為父兄者、自無一定可久之見、曾未讀書明理、遽使之學文、為師者、雖明知其未可、亦欲以文墨自見、不免於阿意曲徇、失序無本、欲速不達

読みやすいように区切りました。ここまでは特に問題になるようなところはなさそうです。書を読み理を明らかにすることも出来ないうちから文を学ばす見識の無い父兄が居るが、そんなやり方ではなかなか効果を期待できないというのです。問題は次の部分です。

不特文不足以言文、而書無一種精熟、坐失歲月
この句の後半は「書に一種の精熟無し、坐(そぞろに)歳月を失す」と読めそうです。いわゆる渉猟という類で、目の前にある書物を読んでいながら、さて次はなにを読もうかと目移りして全く成就するところがないことをいうのでしょう。では、前半の「不特文不足以言文」はどうでしょう。

イ)不特文、不足以言文
ロ)不特文不足、以言文

このように句読が切れましょうか。まずイ)のほうでありますが、手元の字書を見ますと「特」には「傑出する、ぬきんでる」の意があるとあります。よって「文にすぐれず、以って文を言うに足らず」と読めます。さらに「言文」は言語と文章との意がありますから、「文にすぐれずんば、言文を以ってするに足らず」とも読めます。また「特」は副詞「ひとり」としての用法がありますから、「ひとり文のみならず」とも読めます。こういう名詞に掛かりうる副詞を連名性副詞といいます。日本語でも「すぐ隣」などの「すぐ」がそれです。名詞に掛かるとはいえ体に掛かるのではなく、名詞の概念の扱い方(用)に掛かりますから副詞なのです。

いずれも前後の意味から考えますに、当を得たものといえるでしょうか。もし、これで意が通じておるというのなら無論それでも構わないわけです。なぜというに少なくとも文法的には問題ないのですから。しかし、これでは釈然としませんのでロ)のほうもみてみましょう。「ひとり文のみ足らず、以って文を言うにあらず」と読めまして、意味もよく通じております。すなわち、ことさらに文のことを言ったが、なにも文のみに問題があっていうのではない(すでに読書の仕方に問題がある)、とまあそういう意味です。最初の「不」は「特文不足、以言文」に掛かります。「特文不足、以言文」の連詞の代表部が「言」ですから、「言」に掛かるともいえます。「特」は「文」に掛かります。「文特不足」との語順の違いに注意してください。「不特文不足」は「ただ文ばかりが不足だ、というのではない(文意外にも問題がある)」の意で、「不文特不足」とすればこれは「文がただ不足するのみ、というのではない(不足以外にも問題がある)」の意です。

「不特文不足、以言文」の最初の「不」を「不足」にまでしか掛けないならば、「ひとり文のみ足らざるにあらず、以って文を言う」となります。普通は「山不遠(山遠からず)」とはいいますが、「不山遠」とは言いません。然らば、「不特文不足」の構造はどうでありましょう。「山」が主語で、「遠」が叙述語であるように、「特文」が主語で、「不足」が叙述語です。「不山遠」が駄目ならば、「不特文不足」も駄目なのではないでしょうか。しかし、結論から申せば何ら問題ないのです。

是不亦責於人者已詳乎 (是れ亦た人を責むること已(はなは)だ詳らかなるならずや) (韓愈・原毀)


構造はこれに同じです。「責於人者」が主語、「已詳」が叙述語で、この連詞を「不」で以って修飾しておるのです。判定の対象が「不亦責於人者已詳乎」であると言っておるのです。「責於人者不已詳」とすれば、「責於人者」が判定の対象で、それが「不已詳」だというのです。「山不遠」は山についての判断で、「不山遠」は直感のままで未だ概念化しておらない某かの判定の対象に対して、「山遠」でないと判定しておるのです。前者は「山は遠くない」にして、後者は「(判定の対象は)山が遠いということではない」というのです。後者の「山遠」は表示態名詞(山遠かるコト)の叙述態名詞化(山遠かるなり)したもの、と松下文法では説明されます。叙述性がありますから、単なる名詞に「不」がついておるわけではないということです。

人不知而不慍、不亦君子乎 (論語學而)

の「君子」が単なる名詞でないのに同じです。

漢文を読む、「連詞構造の分析の例」2



国語魯語よりまた連詞分析の例を載せておきます。

宣公使僕人以書命季文子曰夫莒太子不憚以吾故殺其君而以其寶來其愛我甚矣為我予之邑今日必授無逆命矣

前回同様、右から左に向かって連詞が分析されております。帰着語と客語とよりなる客体関係以外は、すべて代表部(統率部)が下に来ています。上記文は簡単に言えば「宣公、曰(宣公、曰ふ)」なのです。他の連詞は結局のところ、なにをどのように言ったかを補い詳しくしているのみです。上図の一番左の「客語」の部分が「曰った」内容です。もちろん、これも分解できるのですが、煩瑣になりますので一旦そこで止めたまでです。

まず、「宣公使僕人以書命季文子曰夫莒太子不憚以吾故殺其君而以其寶來其愛我甚矣為我予之邑今日必授無逆命矣」を分析しますと、主体的提示語(主体概念の提示されたもので修用語の一種。)とそれに対する被修用語に分けられます。主体的提示語は単詞ですから、これ以上分析する必要はありませんが、被修用語のほうは連詞ですからさらに分析できます。

「使僕人」と「以書命季文子曰夫莒太子不憚以吾故殺其君而以其寶來其愛我甚矣為我予之邑今日必授無逆命矣」とに分析できます。「使」は修飾形式動詞で、下に来る実質的動作(命)に「為さしむ」という使動の形式的意義を付加します。「僕人(官命)にやらせて~為さしむ」というのです。

(*)「命季文子」と「曰夫莒太子不憚以吾故殺其君而以其寶來其愛我甚矣為我予之邑今日必授無逆命矣」との連詞関係を修用関係としましたが、拙著においては「謂~曰」「問~曰」などは皆「実質関係」としてあります。どちらで説明しても大差あるところではありませんが、私がこれを実質関係としました訳は、「道之以政」「月出於東山之上」の「道之以」と「政」との関係、「月出於」と「東山之上」との関係がいずれも実質関係であるところから推してであります。「以政」は「政を以ってす」と読むだけでは、政を以って何をするのか肝心な「す」の実質的意義がわからないのです。それを補うのが実質語「道之」なのです。「月出於東山之上」も同様に、単に「東山の上に於いてす」と言ったのでは何を「す」るのかわからない、そこで「月出」で以って実質的意義を補ってやるのです。「道之」も「月出」も不定法にあるのです。「謂~曰」「命~曰」は「以」「於」の部分が「曰」に変わったのみです。或いは「曰」の次にある模型動詞(客語)によって既に実質的意義は補充せられておるのだから、「謂」なり「命」なりで更に一体何を補充するのか、というかも知れません。私はそれに対してこう答えます。すなわち、「曰」に対する客語は模型動詞として帰着語に実質を補充しますが、「謂」「命」「問」なりは記号動詞として「曰」に対して実質を補充するのであり、前者は客体関係を成し、後者は実質関係を成すのである、と。無論、「謂ひて曰く」と訓読するところから修用関係とも解しえますが、仮にそうとするならば「謂而曰」や「問而曰」などのように間に「而」が入ることもあって然るべきようにも思われますが、そういう例は今のところ見たことがありません。それならば上図ではなぜに「修用関係」としたのか、といいますと「標準漢文法」で「芒芒然歸、謂其人曰今日病矣、予助苗長矣」(孟子・公孫丑上)の例文の「謂其人」と「曰」との関係を修用関係としているためです(六百八十九項)。そうは言いましてもまた、百七十九項に、

「曰」「為」の二つも生産性動詞であるがこれは形式動詞である。(「謂我愛」「謂之天」などの)生産性動詞はその生産性を明確にするために「曰」を付け加え、自己は唯作用の実質を表し「曰」をして生産性を表さしめる場合がある。

との記述があるために、実質関係か修用関係かの判断が曖昧たるを免れないのです。

「不不」が少ない理由について

「不」と「不」との間に何かしらの副詞が入ることが多く、直接「不不」となることはあまりないようであるといいましたが、果たしてそれはなぜでしょう。「不不」と直接繫げていう場合には、判定概念を判定の対象に付加せしめずして、然るに其の否定を否定するわけでありますから、すぐさまそれをまた判定の対象に付加するということになります。結局の意味は肯定になるのです。これを喩えて言えば、着ている羽織を脱いですぐさま着なおすようなものでして、ほとんど意味が無いのです。すぐに着なおすくらいなら端から脱ぐ必要なんぞはないのです。

しかし、「不」と「不」との間にほかの副詞を挟みます場合にはやや事情が異なりまして、一旦否定し、それを他の副詞で以って修飾して其の上でまたそれを否定するわけでありますから、結局の意義は肯定になるとは言え端から肯定しておるのとは違います。これを喩えて言えば、一旦脱いだ羽織をすぐそのまま着なおすのでなしに、ほこりなどを払うために衣を振って而して後着なおすということになりましょうか。この場合は脱ぐことに意味があります。脱がなければ衣を振ることは出来ません。つまり、最終的に肯定になるとは言え、他の副詞で以って修飾した上で肯定しなおすのです。

不敢不飽也

これは結局の意味は「飽く」、すなわち満足するということでありますが、一旦「不」で以って「飽」を否定し、さらに「敢」で以って「不飽」の全体を修飾します。「(食事を出されたのに)わがままにも満足しない」となります。この「敢」で以って「不飽」を修飾することが羽織を振る行為にあたります。そうしてまた「不」で「敢不飽」を修飾するのです。すなわち羽織を着なおすのです。たしかに、一旦脱いだ羽織をもう一度着なおすことに変わりはありませんが、最初に来ていた羽織と、着なおした後の羽織とはやはり違います。同様に、「敢」で以って修飾された「不飽」を再び「不」で以って修飾することは、単なる「飽」とは違うのです。単に「満足する」というのと、「わがままにも満足しない、ということはない(要するに満足する)」とは異なるのです。しかし「不不」と繫げていう場合は、否定しすぐそのまま復た否定するのですから、ちょっと意味がいないようにも感ぜられるのです。端から肯定するのとあまり差がないように感ぜられるのです。然るにまた以下のような者は頗る多いのです。

故王之不王、不為也、「非不」能也 (孟子・梁惠王上)
城「非不」高也、池「非不」深也、兵革「非不」堅利也、米粟「非不」多也 (孟子・公孫丑下)
「非不」說子之道、力不足也 (論語・雍也)

「非不」の「非」も文法的には「不」と同様修飾形式副詞でありますから、「不不」と変わらない構造ともいえます。構造が同じなのですから、「不不」も「非不」と同じくらいあってもよいようですが実際にはそうではないのはどういうことでしょう。



ちなみに塚本哲三氏の「漢文解釈法」では、「未嘗不」「未必不」などの句法を解説して、「不」は「有不」の省略または「不」の動詞化用法であるというのでありますが、これはもはや漢文法ではなく訓読上の文法を論じたものであることはいうまでもありません。「不」は下の語を否定的に運用し其の上で「嘗」や「必」などの副詞で修飾され、其の連詞全体がまた再び判定概念の一部を構成する材料(*)になる故、もう一度否定的に「未」で以って運用されておるのです。

(*)これを松下文法では遮詮と呼んでおるのでありますが、簡単に申せば、否定したところのものを肯定しているのです。これから否定するのではなく、すでに否定したところのものを指しておるのです。肯定したところのものを指す場合はそれを表詮といいます。表詮も遮詮も判断の形式を経たところの結果すなわち観念を指しておるのでありますから、再び判断の材料に供せられ、肯定なり否定なりされうる立場にあるということです。

ここに於いて「不不」の少ない理由とはいえませんが、少し思うところをを申しますと、「不」は判断の形式としての否定語(不、非など)を戴く連詞(これも最終的に遮詮に含まれる。端から遮詮であるのと区別しているのみ)を直接的に被修用語として取りにくいものであるといえそうです(「不」と「不」との間に「嘗、敢」などの副詞を挿んだ場合は別)。「非」は否定語を戴く連詞も遮詮も表詮も直接取りうるといえます。或いはこういうかもしれません。

不無善畫者、莫能圖、何哉 (史記・田儋列傳)
諸篇所次、先儒不無意焉 (論語注疏)
今君與此背、不無后患乎 ( 太平御覽天部)

斯くの如き例を挙げて「不」もまた否定語を取ると言うかも知れませんが、「無」は「有」と同様判断の形式は肯定でして、ただ否定されたところの結果を肯定しておるというのみです。「無」と「有」とは遮詮か表詮かの違いがあるだけです。ですから、上記はすべて否定されたものを再び否定しておるのではなく、遮詮を否定しているのです。また或いはこういう例を挙げてくるかもしれません。

臣以下「不非」其君上為忠 (資治通鑑)
君子居是邦、「不非」其大夫 (論語集注)
同己不與、異己「不非」 (孔子家語)
君若「不非」武王乎、則仆請終日正言而無誅、可乎 (史記・商君列傳)

「非」は「不」と同じ修飾形式副詞で、たしかに否定の判断形式を表すものですが、しかし、上記の「非」はいずれも判断の形式を否定的に表すところの副詞ではなく、動詞としての「非」(そしる、非とす)です。よって「不」でもって初めて否定されておるのです。理屈から言えば、否定的に運用されてのち遮詮化した連詞を再び「不、非」で以って否定するということはあってもよいわけでありますが(「非不」など)、そのうち「不不」「不非」については数が少ないようです。

漢文を読む、「連詞構造の分析の例」1



国語魯語の一節で、その連詞構造を分析したものです。右から左にいよいよ詳しく分析されてます。一番右の「莒太子僕弒紀公以其寶來奔」は全く分析されておりません。これをまず分析すると「莒太子僕」と「弒紀公以其寶來奔」とに分析されるのです。これを主体関係の連詞というのでした。主体関係の連詞の代表部は叙述語です。客体関係以外、すべて代表部が後に来ます。客体関係だけは帰着語が代表部ですから、他の連詞関係と違い代表部が先に来ることになります。「莒の太子僕が、紀公を弒(しい)して其の宝を以って來奔す」と読みます。主語もまた連詞より構成されてますからこれを分析しますと代表部は被連体語の「太子僕」となり、叙述語もまた連詞より成り立っておりますが、これを分析しますと第一の代表部が修用語「弒紀公」に対する被修用語「以其寶來奔」で、これを分析しますと第二の代表部が修用語「以其寶」に対する被修用語「來奔」であることがわかります。とどのつまり、叙述語「弒紀公以其寶來奔」の代表部は「來奔」であるということです。「莒太子僕弒紀公以其寶來奔」は一見すると難しく見えるかもしれませんが、要するに太子である僕が來奔した、ということです。それ以外の詞は皆「太子僕」や「來奔」の概念を詳密にしているに過ぎません。此の連詞の骨格は「太子僕、來奔」なのです。

語順について、「莫美若」「莫日本若」を考える

●疑わしき考察を含む故、読者には批判的に読まれんことを望みます。こちらも参照してください。

さきに孫文の「心理建設」の一段を見ましたが、その説明のなかで以下の例文を挙げました。:

西方全盛之國、莫美若、東方新興之國、莫日本若 (變法通議)

この文の「莫美若」と「莫日本若」とが、客体関係の特殊配置ではなく、客体的提示語の一種であることをそこで述べました。そのときこれを読み下して、「美(アメリカ)に若(し)くもの莫し」、「日本に若くもの莫し」としました。無論、この訓み方では提示されたことが明らかではなく、

莫若美、莫若日本

と差がありません。しかし、提示された詞は一種特別な扱いを受けておりまして日本語で言いますと以下のようなことになります。

「あの人と」交際するひとは無い。 (平説)
「あの人とは」交際する人は無い。 (提示)

下の「あの人とは」は提示された概念でして、「交際する」に従属せずして、「交際する人は無い」の全体に掛かります。「交際する人は無い」の概念の代表部は「無い」でありますから、「無い」へ従属するともいえます。すなわち、「あの人とは、無い」ということです。これが提示です。提示されないときよりも、提示されたときのほうがより大なる統率語へ従属していくといえます。もうひとつだけ例を挙げておきましょう。

「あの先生の授業が」おもしろくないから聞かない。 (平説)
「あの先生の授業は」、おもしろくないから聞かない。(提示)

この「あの先生の授業は」もやはり提示されておりますから、「おもしろくない」に掛かるのではなしに、「おもしろくないから聞かない」の全体に掛かる、もしくは、その連詞の代表部である「聞かない」にかかるといえます。要するに「あの先生の授業は、聞かない」なのです。

「莫美若」の「美」は「若」の客体概念でありますが、提示されて「若」の上にきております。しかしまた「美若」なる連詞が「莫(帰着形式動詞)」の客語になっておるのです。ここが少し厄介なところでありまして、提示された客体的提示語(美)が被修用語(若)に従属し、再び帰着語である「莫」に対して客語(美若)となって従属しておりますから、この連詞の代表部は「莫」なのです。しかし、その「莫」に直接的に従属しておりますのは「若」であり、「美」ではありません。「美」はただ「若」に対してのみ提示されておるのです。これを踏まえて読み下しますとこうなりましょうか。:

美にぞ若(し)く莫し

「ぞ」の結びは「若く」にあります。「莫」ではありません。つまり、「美莫若(美には若くもの莫し)」とは違うのであります。

最後にこれに似た連詞構成のものを上げますと以下のようなものがあります。

非「斯人之徒」與而誰與哉 (論語・微子)
非「夫人」之為慟而誰為 (論語・先進)
不唯「許國」之為、亦聊以固吾圉也 (左傳隱公)

*未知其「誰」立焉 (左傳閔公)

「」で括ったものが提示された客体概念です。ただ厳密に言いますと、「莫美若」とは文法的構造が異なります。「莫」は否定語とは言え動詞であるのに対し、上記例文の否定語はいずれも「修飾形式副詞」と呼ばれるもので副詞です。英語の「not」に同じです。文の成分としては帰着語でなく修用語になります。客体的提示語も提示されれば一種の修用語でありますから、上記の文はそれほど違和感があるともいえません。なぜなら、「不、非、未」も「客体的提示語」も同じ修用語でありますから当然先後の問題があり、どちらかを先にいい、どちらかを後に言うしかありません。なにしろ同時に発することはできないのですから。よって、客体的提示語のほうが「不、非」などの否定の副詞よりも先に発せられることもあるのです。たとえば、

「斯」之未能信 (論語・公冶長)
吾子孫其「覆亡」之不暇 (左傳隱公)

「」で括ったものが客体的提示語ですが、ここでは否定の副詞を飛び越えてきております。この場合は「斯」が否定語を飛び越えて提示語になっておりますから、「未能信」全体に対して修用語になっております。すなわち、「斯れをこそ未だ信ずる能はざれ」と訓むとよく当たります。文法的直訳ならば、「斯れをこそ未的に信ずるを能くすれ」となります。「能」は帰着形式動詞です。「之」は「斯」を形式的に再示する寄生形式名詞です。日本語の「こそ」は「此其」を語源としまして、「花こそ散りしか」は、「花、これが、それが散った」の意で、一度名詞で指したものを代名詞で再指しておるのです(「改撰標準日本文法」六百三項参照)。漢文の「之」が提示のため語順を顛倒し且つ形式名詞で以って上語を再示するのに対し、日本語の「こそ」は代名詞から転じた助辞で以って再示し且つ動詞の語尾を変化するの違いがありますが、両者よく対応しております。

*上記の最後の例である「未知其誰立焉」については、「知」が「其誰立」に対して帰着語で、「其誰立」が「知」に対して客語になっておると考えれば、「未だ其の誰をか立つるを知らず」と読むことになりますし、実際慣習としてそう読まれます。「か」の結びは「立つる」。ただこれは「未知」で一旦切って、「未だ知らず、其れ誰をか立てん」と考えればやはり「未知」も修用語(厳密には断句的修用語の帰着性従属的用法)、「誰」も修用語となります。

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