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和漢英文法対比

『左に回るならば(動詞の修用格)、家が見えましょう』、を漢文にすれば、

左、見家
となりますが、これを訓読すると、「左すれば(動詞の修用格)、家を見ん」または「左する場合は(名詞の修用格)、家を見ん」といずれに読むも可であることは前に述べたところです(*)。

(*)もともとの日本文が「左に回れば(現然仮定)」や「左に回ると、回りたれば(現然仮定、偶然確定)」ではなく、「回るならば(未然仮定)」でありますから、厳密に訓読するならば、「左せば(サ変未然)」であるべきです。

これを英訳する前に、松下文法で西洋文法の分詞法や不定法を如何に説明しておられるかを見ておきます。

動詞に至っては実に普通の用法のほかに、不定法と分詞法とが有る。普通の用法は終止格で、不定法は実質格で、分詞法は連用格または連体格である。それならば動詞の格に気付きそうなものであるが、惜しいかな、西洋の動詞は不定法や分詞法は殆ど主語を取らない。主語を取らなくても叙述性は有るのであるから動詞には相違ないのであるが、西洋人は動詞でないように思った。云々 (『改撰標準日本文法』四百六十七項)

西洋人はこれと同じ道理で以って、すなわち主語を取らないという理由で所謂形容詞(qualifying adjectives)も動詞ではなく、adjective(副体詞)のうちに分類しておるのです。而して日本の文法家がqualifying adjectiveを形容詞の本性と考え、adjectiveを解して「形容を表す詞」と誤解してしまったというのです。由って、本来「形容する詞」つまり修飾詞であるところのadjectiveではなく、却って従来形状言(長い、短い、大きい、小さいなど)と言われておったのを直ちに「形容詞」と改め、これを西洋のadjectiveと同じであると考えるようにいたるのです。とにもかくにも、英語の動詞にも格があることは明らかであります。曰く、終止格、実質格(所謂不定法)、連体格、修用格、一致格(不完備な動詞の補充格としての用法)と。

それでは上文を英訳してみましょう。

Turning to the left, you will find a large house.

とした場合、これは分詞法にある動詞で、名詞に従属しておるわけではでありませんから、格としては連用格(修用格)にあることになります。すなわち文法的直訳をすれば、「左に回るなら、回れば、回ると(動詞の修用格)」などとすることになります。「左に回る場合は(名詞の修用格)」と読みたければ、

When you turn to the left,

とする必要があります。「when」は松下文法にいうところの複性詞で、最終的に「場合」なる名詞によって統率されておるのです。つまり、「When you turn to the left」全体で結局の品詞は名詞だというのです。仮に漢文にすれば、「左之時(左するの時)(*)」となります。いずれも名詞の修用格的用法です。名詞が副詞のように運用されているというには可なるも、これを副詞であるというべきではありません。

(*)厳密に漢訳すれば、「所於左之時」となります。英文法における複性詞(when)を漢文法における複性詞(所)として訳し、結局の品詞は名詞になっております。文法的直訳をすれば、「ソレニ於いて左するソレの時」です。「所於」を漢文に例を求めれば以下のようなものがあります。

民無所於食 (商子)
子上請所於習於子思 (孔叢子)

「食らふにところ無し」と訓んでは全く漢文法を無視したことになります。「ソコニ於いて食らふソコが無い」のです。「所以食」を「以って食らふところ」と読むならば、「所於食」は「於いて食らふところ」です。「以」が「於」に変わっただけで文法的構造は同じです。「請所於習於子思」も同様に、「習ふところを子思に請ふ」のではなく、「ソコニ於いて習ふソコを子思に請ふ」のです。


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女に学問は要るか - 『女範(「才徳篇)』

昔から婦人にあまりに才がありすぎるのは良くないといわれるようで、古語にもこんな風に言っております。

牝鶏之晨、惟家之索 (牝鶏の晨するは、惟れ家の索(ほころび)なり)

「索」は尽きるの意。

また婦人が政治に参与すると碌なことが無いと戒めて、かく云うております。

帝王有與婦人謀及政者、莫不破國亡身 ; 以陰乘陽、違天也、以婦夫、違人也、違天不祥、違人不義 ; 言婦人不得預于國政也

「帝王婦人と謀り政に及ぶもの有り、国を破り身を亡さざるもの莫し、陰を以って陽に乗ずるは、天に違(そむ)くなり、婦を以って夫に凌ぐは、人に違くなり、天に違くは不祥なり、人に違くは不義なり、言ふこころは、婦人国政に預かるを得ざるなり。」と訓みます。

西洋に於いてもニーチェなどは女権論に対して大層痛罵しておられる、曰く、

婦人の最初の、而して亦最後の職務は強壮なる子供を生むにある。解放された婦人は、婦人中の不具者である。子供を生む資格を持たないものである。婦人に於けるあらゆる理知は、見せ掛けのものである。婦人が学者的傾向を持っている場合でも、それは概して彼女の性によって誤られた何者かを持っている。これ等の婦人は進歩的な考へを抱くことによって、自由思想家などに彼女自身を魅力あるものたらしめようと考へているが、然るに婦人が如何に不信神になったとて、兇悪無比な男に十分満足を与へるものとはならぬと同じである。

実に婦人は解放に向かって、一歩一歩進むに従って、その力を失ふであらう。仏蘭西革命以来、婦人の力は彼女等が権利と要求とを増加したのに比例して、衰へてきた。

此の男女間に於ける根本問題を思ひ誤ること、ここで両者の深い深い対立や、永遠に相異なる努力の必要を拒否すること、平等の権利や、平等の訓練や、平等の要求、義務等を夢見ること、これは浅はかなる考への典型的な標示である、云々。



然らば、婦人は才が無いほうが良いのか、清朝の王節婦の著に『女範』というものがありましてそこに以下のようなことが記されております。

男子有徳便是才、斯言猶可、女子無才便是徳、此語殊非、蓋不知才徳之經、與邪正之辯也

「男子徳有り便ち是れ才、斯の言猶ほ可なり、女子才無し便ち是れ徳、此の語殊に非なり、蓋し才徳の経と邪正の辯とを知らざるなり。」とよみます。男子は徳あって才あるを可とするも、女子は唯だ徳あるを貴び、才の無いのを可とするというが、この女子についての言は間違っておる、というのです。注も見ておきましょう。。

有才無徳、必非正人、有徳無才、不害其為善人也

「才有りて徳無きものは、必ず正人に非ず、徳有りて才無きものは、其の善人たるを害(そこな)はざるなり。」と訓みます。才知のみの人間はそもそも取るに足りないものであるが、反対に才知は無いが徳あるならば、其の者の善人たることを害することは無いというのであります。

すなわち徒に婦人の才を悪しきものとするが、才あるが為に悪しきことが起るのではなく、徳の無いために起るのだというのです。

*「有才無徳」の訓みかたは前回申しましたように、仮設的命題も所詮は定言命題に帰することが出来るというのを思い出してください。「才有りて徳無ければ」と動詞の修用格的用法によもうが、「才有りて徳無き(場合)は」と名詞の提示的修用語として読もうがどちらも構わないのです。原漢文にはそれを区別する記号は無いのです。

夫徳以達才、才以成徳、故女子之有徳者、固不必有才、而有才者、必貴乎有徳、徳本而才末、固理之宜然、若夫為不善、非才之罪也、故経濟之才、婦言猶可用、而邪僻之藝、男子亦非宜

「夫(そ)れ徳以って才を達す、才以って徳を成す、故に女子の徳有るものは固より必ずしも才有らず、而して才有るものは必ず徳有るを貴ぶ、徳本にして才末なり、固より理の宜しく然るべきなり、夫(か)の不善を為すが若(ごと)きは才の罪に非ざるなり、故に経済の才、婦言は猶ほ用うべくして、邪僻の芸は男子も亦た宜しきに非ず。」と訓みます。

ここに言う「経済」とは、

經世濟民或治國安民之才、謂之經濟之才

「世を経(おさ)め民を濟(すく)ひ、或は国を治め民を安んずるの才をば、これを経済の才と謂ふ」とあるように、今の我々が通常使う意義とは異なります。

才徳につき、注にこうあります。

才者、徳之用也、有徳之才為正用、為治國齊家之道、無徳之才、為邪用、以博名致富害人利己而已

「『才』は徳の用なり、有徳の才を正用と為す、治国斉家の道と為す、無徳の才は邪用と為す、以って名を博し富を致し人を害し己を利するのみ。」

徳あっての才であり、徳の伴わない才は正しいものではないというのです。十九世紀英国の大政治家グラッドストーンは嘗て宗教心を歎美してこういいました、

神無くんば経済学は致富の利己的教訓に陥る。

これまさしく、徳の伴わない邪用の才学は「以って名を博し、富を致し、人を害し、己を利するのみ」というのに大いに符合しております。経済学が悪いのではなしに、それをやっておる人間の徳が問題なのだと。

凡有才無徳、是捨本而務末、必流於邪而不正、非才之罪

「凡そ才有りて徳無きものは、是れ本を捨て末を務むるなり、必ず邪に流れて正しからず、才の罪に非ず。」と。徳を欠く者が学問し、末端の才知を身に付けることが問題なのであり、才そのものが悪いのではないということです。

そしてこの後に徳とともに才学備わる幾人もの婦人の例を挙げて、最後にこう締めくくる。

由是觀之、則女子之知書識字、達理通經、名譽著乎當時、才美揚乎後世、亶其然哉

「是れに由ってこれを観れば、則ち女子の書を知り字を識り、理に達し経に通ずる、名誉当時に著はれ、才美後世に揚ぐ、亶(まこと)に其れ然らんや。」

徳ある婦人が学問して才学を身に付けることは、決して其の徳を傷つけず、却って模範となり後世にも伝わるものである、と。

蓋男女雖殊、其徳一也、女尚徳而不尚才、理之正也、若云無才便是徳、則非矣

「蓋し男女殊なりと雖も、其の徳一なり、女徳を尚(たっと)びて才を尚ばざる、理の正しきなり、若(も)し『才無き、便ち是れ徳』と云へば、則ち非なり」と。

要しますに、男女いずれも徳が本であり、才は末であるというのでして、由って徳を貴ぶのであり、才の無い女がよろしいなどというのではない、というのです。ただ才のみにして徳の伴わないものは、男女問わず始末に困るということであります。

智育、体育は学校に任せるとしまして、徳育はいずこに委ねるべきか。

【参考】『教学聖旨
読点は私によります。

教学ノ要、仁義忠孝ヲ明カニシテ智識才藝ヲ究メ以テ人道ヲ盡スハ我祖訓國典ノ大旨上下一般ノ教トスル所ナリ、然ルニ輓近専ラ智識才藝ノミヲ尚トヒ、文明開化ノ末ニ馳セ、品行ヲ破り風俗ヲ傷フ者少ナカラス、然ル所以ノ者ハ、維新ノ始首トシテ陋習ヲ破り知識ヲ世界ニ廣ムルノ卓見ヲ以テ一時西洋ノ所長ヲ取り、日新ノ效ヲ奏スト難トモ、其流弊仁義忠孝ヲ後ニシ、徒ニ洋風是競フニ於テハ、將來ノ恐ルル所、終ニ君臣父子ノ大義ヲ知ラサルニ至ランモ測ル可カラス、是我邦教学ノ本意ニ非サル也、故ニ自今以往祖宗ノ訓典ニ基ヅキ専ラ仁義忠孝ヲ明カニシ、道徳ノ学ハ孔子ヲ主トシテ人々誠實品行ヲ尚トヒ、然ル上各科ノ学ハ其才器ニ隨テ益々畏長シ、道徳才藝本末全備シテ大中至正ノ赦学天下ニ布満セシメハ、我邦獨立ノ精紳ニ於テ宇内ニ恥ルコト無カル可シ

(*)下線部「洋風是競フ」はやや読みづらく感ぜられるかもしれませんが、一旦漢文に直せばこうなります。「洋風是競」と。これすなわち客体の提示です。本来「競洋風」とあるべきところの客語「洋風」を上に出したのです。「洋風をこれ競ふ」ということです。

親孝行の「お」の字も知らず天下国家を論じ、兄弟姉妹を敬い慈しむを忘れて徒に知識に趨るを戒められたのであります。



詞と観念(仮)

漢文読解の困難は偏に詞と詞との関係の不明瞭なるにあることは既に何度か申し上げたところでありますが、今回はそれについての覚書のようなものです。

詞と詞との関係と云いましても、詞と云うものが結局のところ観念でありますから、漢文読解の困難は観念の表示の仕方にあると言うもまた可であります。


松下大三郎博士は仮定的命題についてこのように述べられています。:

「聖人死せざれば」『大盗止まず』のように上の「」なる断定が下の『』なる断定に従属して出来ているようなのを複合といふのであるが、これは断定は二つでも上下の断定は各々一概念化しているので、結局「」と『』との二概念であって一流れの断定であるから、取り立てて名称を付けるほどのものではない。


「各々一概念化している」というのが分かりにくく思われましょうが、このことについて更にこう注解を附しておられます。

論理学もこういふのを仮定的命題と云ひ、仮定的命題を含んだ、「聖人死せざれば大盗止まず(大前提)、今聖人死せず(小前提)、故に大盗止まず(断案)」のような三段論法を仮定的三段論法と云っているが、それは欧州語の形式に誤られたので推理の根本法則たる三段論法に種々あるものではない。三段論法は全て定言的である。即ち「聖人死せざれば」と「大盗止まず」とは各々その断定が一概念化している一定言的命題であって、其の三段論法も、「聖人死せざる場合」は「大盗止まざる場合」なり、「今の場合」は「聖人死せざる場合」なり、故に「今の場合」は「大盗止まざる場合」なり、といふ定言的三段論法である。


すなわち「一概念化」とは「聖人死せざれば」という従属格的な立場にある詞といえども、突き詰めて考えれば「聖人死せざる場合」という一つの名詞の題目態であるといい、「大盗止まず」という純内包詞も「大盗止まざる場合」なる名詞の叙述態であるというわけです。結局、「イがロならば、ハがニなり」という命題は、「甲なる場合(即ちイがロなる場合)は乙なる場合(即ちハがニなる場合)なり」というに同じだということになります。この「イがロならば」や「ハがニなり」の断定が各々「甲なる場合」「乙なる場合」となることを指して「一概念化」しているというのです。

「聖人死せざれば大盗止まず」を漢文にすれば、
・聖人不死、大盗不止
・聖人不死者、大盗不止
どちらも訓読すれば同じでありますが、後者のほうには「者」が付いておりますから厳密に訳せば「聖人死せざる場合(とき)は」となります。つまり「聖人不死者」の品詞は名詞なのです。聖人が死なないという其の場合のことです。この「者」は時や場合を表すものです。以下の「者」も同じです。こういう「者」は「ば」と読んで構いません。

真在內者、神動於外 (荘子漁父)



大西祝博士云う:

(特殊具体的なる観念が)一旦開発して汎称的判定に至ればこれよりして猶ほ一種、別の判定に移ることは毫も難からざるなり、蓋し汎称的判定はこれを言ひ更へて仮設の部分とこれに従ひ来るの部分とより成れる者となすを得、例へば「人間は死せざるべからず」と云ふの判定は「人間ならば死せざるを得ず」と云ふの仮設を含むの判定に言ひ更ふるを得

汎称的判定とは、普通名詞を主辞とする命題ではありますが、その内包に重きを置いたものです。人を例にとれば各個人の人を指すのでなく、各個人の人より引き出され、以って人となるところを指して云うのです。人は死せざるべからずの「人」は「人たる所以有るもの(有所以為人者)」を意味するのです。

松下博士はすべての仮定的命題の定言的命題たりうることを述べ、大西博士はそれを反対から述べておられます。この「人間は死せざるべからず」を漢文にした場合、

人不可不死

となるわけでありますが、これを訓読して「人は死せざるべからず」であるというならば其れは無論可でありますが、また「人なれば死せざるべからず」と読むも亦た可であるのです。なんとなれば、この「人」なる詞は果たして単純な名詞、すなわち叙述性のない名詞なのか、はたまた内包に重きを置いた叙述性のある名詞(叙述態名詞)なのかこれだけでは分からないからであります。もちろん、結局のところ定言的命題に帰することができるわけでありますから、この句は「人なる場合は、死せざるべからざる場合である」と決着することが出来ます。仮にこの句に副体詞(いわゆる冠詞)の「諸」を付ければ、「人」が単なる名詞であることが明瞭になります。「諸人不可不死」の「諸人」は特殊異別の状を以って現れる個々の人のそれぞれを指しておるのです。こういうのは汎称的判定ではなく枚挙的判定と呼びます。



然而陛下謂何腐儒、為天下安用腐儒、何也 (史記黥布列傳) 

上句の「為天下」『安用腐儒』は、一般には「天下を為(おさ)むる、安(いづく)んぞ腐儒を用いん」と訓みますが、一体「為天下」の品詞は何かということを考えてみますと、至って曖昧たるを免れないようにも思われます。「為」をア、動詞の機会格(修用格の一種)と考えれば動詞でありますし、イ、動詞性名詞の提示語(これも一種の修用格)と考えれば名詞ということになります。しかし、仮設的命題も所詮は定言的命題に帰せしめることができるとすれば、「ば」「ども」などの機会格にある断定も一概念化せしめ名詞として看做すこともできるわけであります。すなわち「為天下」は「為天下之時」と同様に考えて構わないのであります。

(ア)天下を為(おさ)むれば
(イ)天下を為(おさ)むる(コト)、または、天下を為むる場合(とき)は、など


【追記】
『標準日本口語法』四百六十七項にこうある、

「試験が済んだらば何処かへ旅行しよう」

と云ったときには、「試験が済んだならば」は断句ではない。一の詞(連詞)であるだけだ。何となれば既に概念化しておって断定ではないからである。それ故断句は独立の断定を表すと云はなければならない。

上記とよく併せ看れば参考になりましょう。


荻生徂徠 『文理三昧』 「移易之法」

「移易之法」の続き。

不能皆有以其性之知所有而全之也

以字活動准上知字在其性上則猶云自知己性也在性之下則其知也性之知也性為能知為所而所有不限於性中之所有該包太泛


【語釈】
「猶」は文法的に云えば動詞(第一種依拠性帰着形式動詞)で「似る」の意。慣習的に「なほ~のごとし」と読みます。「~に似る」と読んでかまいません。

【訓読】
「皆其の性の有するところを知るを以ってしてこれを全くすること有る能(あた)はざるなり」

「以の字活動することは上に准ず、知の字「其性」の上に在れば、則ち猶ほ自ら己の性を知ると云ふがごときなり、「性之」の下に在れば、則ち其の知るや、性の知るなり、性は能為り、知は所為り、而して有するところは性中の有するところに限らず、該包すること太(はなは)だ泛(ひろ)し。」

【文法】
「其性之知所有(其の性の有するところを知る)」は「知其性之所有(其の性の有するところを知る)」と訓読上差がありませんが、漢文そのものを比較すれば明らかなように全く語順が異なることに注意してください。原文の「知」は性が知るのであり、後者の「知」はこれだけではなんともいえませんが、「性」は「有」の主体概念であり、「知」の主体概念ではありません。

「其知也、性之知也」の「其」「性之」がそれぞれの「知」に対する関係は連体関係です。松下文法に所謂主体的連体関係です。「其知」は「それが知る」ではなく、「其れについての知る」です。「其」は主体概念を主体概念として表すのでなく、一種の属性として表すのです。主体を表すに事柄の所属を以ってするのです。

松下大三郎博士曰く:

即ち「人の来れり」の「来れり」は作用の主体を主体と観ずに作用の所有主として取り扱っている。それ故、「人の来れり」といふ事件の主体は人ではなくて「人の来る」といふ事件そのものである。人の来るといふことの存在を叙述するのである。 (増補校訂標準日本口語法「文章の解剖」五百二十七項)



「所有不限於性中之所有」は「有するところは性中の所有に限られず」と被動として考えるのではなく、「所有不限於性中之所有(有するところはこれを性中の所有に限らず)」の如く、単なる客体の提示として考えます。漢文の被動が人格的被動であることを思い出してください。


我が邦の漢文の学び方

以下、廣池 千九郎氏の『支那文典』よりの引用でありまして、我が邦の漢文の学び方も亦た迂遠なることを述べておられます。以って文法の大いに研究さるべき所以を知るのです。

更顧我國亦曾無文法之書如僧空海之文鏡秘府論(本書之作者姑從傳説而已)大江朝綱之作文大體等皆不渉于文法至徳川時代支那之文學大興文法之書始出於世而荻生徂徠伊藤東涯皆川淇園之三家最盡力於此皆各著有益之書雖然研究猶未全且未足目為一科之文法学比之於國文學之大家本居宣長父子及僧義門等之事業其差不啻霄壌也蓋我邦所謂漢學之私塾則其作文有一箇之教訓曰作文之要只在於多讀與多作如夫空論文理者徒勞耳於是乎秀才之徒亦藏修七八年而後纔得操觚至於尋常之輩則出入師門及於十年尚且有不得布字屬文之秘訣者豈不亦極迂遠乎予幸生於聖世得列於漢學者之末豈可頑然守舊態而止乎是所以不顧謭劣自奮而當於支那文法大成之任也 (支那文典・支那文法学略沿革)

【語釈】「霄壌(しょうじょう)」は天地。差の甚だしいことに喩える。「藏」「修」いずれもおさめるの意。「操觚」の「操」はとること、「觚」は古の記録用の札。よって筆を取って文を作る義。「謭」は「浅」。

【訓読】
「更に我が国を顧みるも亦た曾(かつて)文法の書無し、僧空海の「文鏡秘府論」(本書の作者姑(しばらく)伝説に従うのみ)、大江朝綱の「作文大体」等の如き皆文法に渉らず、徳川時代に至り支那の文学大いに興る、文法の書始めて世に出づ、而して荻生徂徠、伊藤東涯、皆川淇園の三家は最も此(ここ)に尽力す、皆各有益の書を著す、然りと雖も研究猶ほ未だ全ならず、且つ未だ目して一科の文法学と為すに足らず、之を国文学の大家、本居宣長父子及び僧義門等の事業に比すれば、其の差啻(ただに)霄壌(しょうじょう)のみならざるなり、蓋し我が邦の所謂漢学の私塾は則ち其の作文に一箇の教訓有り、曰く作文の要は只だ多読と多作とに在り、夫(か)の文理を空論する者の如きは徒労なるのみと、是(ここ)に於いてか秀才の徒亦た藏修すること七八年にして後、纔(わづか)に操觚を得るのみ、尋常の輩に至っては則ち師門に出入すること十年に及ぶも、尚ほ且つ字を布き文を属するの秘訣を得ざる者有り、豈(あに)亦た極めて迂遠ならずや、予幸ひに聖世に生まれ漢学者の末に列せらるるを得、豈に頑然として旧態を守りて止むべけんや、是れ謭劣(せんれつ)を顧みず自ら奮って支那文法大成の任に当たる所以なり。」


非人称主語と自然的他動

「形式だけを甲の他動にして其の目的は乙の自動を云ふに在る」(百七十一項)ものを自然的他動といいます。つまり、本来は乙の自動として云いうるものを外に不明瞭ながらも主体(甲)があるものとして其の主体の動作に同化せしめて表す場合を言います。

日本語で言えば以下のようなものです。

一人息子を殺してしまった。
庭に草を生ず
微かに琴を聞く
秋冷を催す

名をや立ちなむ。
春をよそになるとも。

「殺して」は実際の他殺ではなく、天が息子の命を奪ったことでして、これを自動で表せば「息子が死んだ」となるのです。「草を生ず」は「草が生ず」です。いずれも作用の主体は明確に意識されておりません。「立ち」と「なる」については自動性の活用のまま他動化しておるのです。「名が立つ」とも違いますし、「名を立てる」とも違うのです。他動ではありますが自然的な他動なのです。

このような例は漢文にも多くあります。

中天明月、令嚴夜寂寥 (杜甫後出塞)
燕趙古稱感慨悲歌之士 (韓愈送董邵南序)
朋自遠方來 (論語學而)

「明月を懸く」のです。明月が懸かると読めば自動でありますし、明月を懸けると読めば意思的他動となります。原文は自然的他動です。何が明月を中天に懸けたかと言えば「自然力」が懸けたなどということになりますが、それを明確に意識しないところの他動なのです。

「多感慨悲歌之士」は感慨悲歌の士が多いの意味であるにもせよ、直訳すれば「感慨悲歌の士を多み」となるのです。「み」は本来自動にある形容詞の自然的他動を表します。「多く持って」の意。

松尾捨次郎氏がこの「有」などは「朋を有り」ではなく、そのまま「朋を有す」と音読して他動と考えて良いのではないかとおっしゃっておるのは上記の説明からわかりますように当たらないのです。すなわち、「有朋」の「有」は単なる他動ではなく、自然的他動であり、さらに此の考え方は動作動詞に止まらず形容詞(状態動詞)をも含めて統一的に説明されるところのものなのです。松下大三郎博士曰く、

「有嶋」は「嶋を有り」と読むべきである。そうすれば真の直訳になる。なんとなれば客語を客語に訳し、自然他動を自然他動に訳するからである。 (百九十七項)



Es friert mich.
(私は寒い。)
Es kam ein Strum.
(嵐がやって来た。)
Es wartet draußen ein Mann auf Sie.
(表で誰か男の人があなたを待ってます。)

この「es」を関口存男氏はこう説明します。

昔の支那人はこれを「天」、或いは「道」と呼びました。科学者はこれを「自然」と呼びます。カントはこれを「物自体」と呼びます。ヘーゲルはこれを「世霊」と呼びます。宗教家はこれを「神」と呼びます。独逸語はこれを「es」と呼ぶのです。

自然界、社会、体内、脳裏に生起し或いは支配する諸種の現象をいかにも現象らしく言い表す手段として、明確なる主語を避け何ら積極的内容を有しないesなる代名詞を以って主語の位置を充填する語法が独逸語ではほかの如何なる国語よりも著しい発達を遂げている。かくのごとき用い方のesを非人称主語esという。

これまさしく松下文法に云う自然的他動でありましょう。彼らが「es」を使うところを日本語や漢文においては合主化(明確でない主体観念が動詞のうちに含められること。)して虚主的に表すということです。不明確な主体の観念を観念のままにして概念化しないか、形式的に表すかの違いがあるというのです。

*この「es」は自動詞にもあります。たとえば「Es regnet.」(雨が降る。)などがそれです。漢文ではこの「es」に当たる観念が合主化され「雨」の一字で雨降ることを表し(直訳すれば雨が雨するとでもなります。)、日本語では雨の意志的自動として「雨が降る」と表します。日本語で自動の虚主(合主)の例を挙げれば「春になった。」「お帰りになる。」などがあります。


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