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使動の使動

使動とは所謂使役のことです。他物にある動作を為さしめるという形式的意義を与えます。使動といえども動作の主体に対しては、一つの単なる動作に過ぎませんから、それをまた使動化することができます(『標準漢文法』五百十八項参照)。まず日本語の例で見てみましょう。


曽祖父、祖父に父に子を上京せさせしめしむ


こんな日本語を書く人はいないにしましても、とにかく理屈の上ではこのように使動を延々と重ねることができます。上の文はもと、「子が上京す」という子の作用を子の作用として表したものでありますが、これを他に主体あるものとして其の主体が子に対して斯かる動作を為さしめる、すなわち子の動作を他の主体による動作として表すと、


父、子を上京せさす


となるわけです。これは父の動作としてはやはり一つの単なる動作でして、「子が上京す」の「上京す」が「子」の動作であるのに同じです。よって再び父の動作を他に主体あるものとして表してみますと、


祖父、父に子を上京せさせしむ


となります。上記の理屈をもう一度上文に適用しますと、


曽祖父、祖父に父に子を上京せさせしめしむ


となるわけです。斯くの如き作業はどこまでも繰り返せます。



漢文の例を挙げますと、


鄉使二世有庸主之行、而任忠賢、臣主一心而憂海內之患、縞素而正先帝之過、裂地分民以封功臣之後、建國立君以禮天下、虛囹圉而免刑戮、除去收帑汙穢之罪、使各反其鄉里、發倉廩、散財幣、以振孤獨窮困之士、輕賦少事、以佐百姓之急、約法省刑以持其後、使天下之人皆得自新、更節修行、各慎其身、塞萬民之望、而以威德天下、天下集矣 (史記・秦始皇本紀)


上文は「威徳を以って天下に与す」という「天下の人」の動作を他に主体あるものとして、すなわち「二世」の動作に同化せしめて、「与せしめ」と為します。これにより、「天下の人」の動作ももはや「二世」の動作になるわけです。この「二世」の動作もまた他に主体があり其の主体の動作に同化せしめると、「与せしめしむ」となるわけです。仮に「二世」に対してこのような動作を為さしめる主体を「天」とするならば、上記の文は「天が~威徳を以って与せしめしめば、天下集らむ」という構造になります。要するにすべて「天」の動作に同化せしめられたわけであります。




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令,教,使,遣,よく間違えます。本当に難しいです。與も・・・・・。
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