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老臣 木戸孝允、国家の前途を憂う「偶成」

明治元勲の一人、木戸孝允(たかよし)の漢詩。「偶成」はたまたま出来た意。

【解釈】
空気澄み渡る冬の夜、眼前一基のさびしげなる灯がゆれる、思えば維新の大業を共に成し遂げた知己の多くはもうこの世にはいない。彼ら皆己を忘れ国家の為に尽くしたものたちである。一体誰が徒に名利を得んとしたことか。我が国多年の難事は斯くの如き人物の、生命を賭した働きに由って切り抜け得た。然るに、今や朝廷の形勢も幾たびか変じ、嘗ての面影は流れ去り、人々は唯己一人の為に栄達せんことを欲し絶えて社稷を顧みること無し。我が邦の前途まことに容易ならず、国家の行く末に思いを致せば寒心に堪えず、嗚呼我が民を如何せん。

一穂寒燈照眼明、沈思黙坐無限情
囘頭知己人已遠、丈夫畢竟豈計名
世難多年萬骨枯、廟堂風色幾變更
年如流水去不返、人似草木爭春榮
邦家前路不容易、三千餘萬奈蒼生
山堂夜半夢難結、千嶽萬峯風雨聲

【語釈】

「一穂(すい)」は一基の意。灯火を数える語。「世難」は時局の困難。「萬骨枯(ばんこつかる)」は多くのものが命を落とすこと。「廟堂風色(びょうどうのふうしょく)」は朝廷の形勢。「蒼生(そうせい)」は人民。

【訓読】
一穂(すい)寒燈眼を照らして明かなり、沈思黙坐すれば無限の情、
頭を回(めぐ)らせば知己人已(すで)に遠し、丈夫畢竟(ひっきょう)豈(あ)に名を計らんや、
世難多年にして萬骨枯る、廟堂の風色幾たびか變更せん、
年は流水の如く去りて返らず、人草木に似て春栄を争ふ、
邦家の前路容易ならず、三千餘萬蒼生を奈(いかん)せん、
山堂の夜半夢結び難し、千嶽萬峯(せんがくばんほう)風雨の声

【文法】
(*)「夢難結」の「夢」は客体的提示語。「難結夢(夢を結び難し)」の客語が提示されたもの。または「字が読み難い」などの構造と同様に「夢」を「難結」に対する主語と看做すも可。嘗て国語学者の保科孝一氏などは「茶が飲みたい」の「茶が」は誤りで、「茶を」とすべきであると述べられたことがありましたが、決してそんなことはない。「たい」は形容詞語尾であり、「飲みたい」全体が自動詞なのです。「茶を飲みたい」とすれば形容詞の自然的他動(保有)の用法になります。

*これは「夢」が「難」の主語であり、、また同時に「結」の客体概念であると考えるのがよい。「難」の主語と「結」の客体とが同じため、「結」が非帰着化しておるというのです。

「千嶽萬峯風雨聲」は単に名詞を並べただけのようでありますが、仮にこれを「千嶽萬峯有風雨聲(千岳万峰に風雨の声有り)」としたならば、概念が明瞭に分解されておりますから意義を取りやすくなるわけでありますが、そうしないで観念を表すところの名詞を指示態名詞と云います。千万の山に囲まれた中に吹き荒む風雨の音を説明的に表すのでなく、直接的に読者に見せておるのです。



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解説の訂正

「夢難結」の文法的解説は訂正します。
http://www.kanbun.net/?page_id=424
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