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『日本外史』(徳川家康紀)

徳川家康、嘗てある者を任用しようと考えて之を土井利勝に問うてみた。利勝答えて謂うに、「彼は私のところにいつも来ると言うわけではございませんから、可否に就きましては申し上げることができません」と。家康其の言を喜ばずして曰く、「御前は家老という重職にあるからには、自ら人材を訪ずれねばならないのではないか。才あるものが進んで権勢者のもとに自分を売り込みに来るとでも思っておるのか。そちの言い分では恥を知り義を好む者は日ごとに軟弱に流れ力ある者に媚びへつらうことになってしまおう。そもそも恥を知り義を好むは国家の元気である(知恥好義、國家之元氣也)。この元気が無くなれば、国は弱り衰えて、そう長くは持つまい。昔、酒井正親が私にこう云ってきた。『神谷某は私に対しておもねることを致しません。よってこの男まことに任用すべきであります』と。正親は公益の為に私心を忘れて人を挙げたのに比して、御前はどうであろうか。」



家康嘗欲官一士、問之土井利勝、利勝曰、彼不常來臣家、臣未知其如何、家康弗懌曰、汝宰我家、務在訪人材、材者豈肯附權勢哉、如汝所言、則知恥好義者、將日趨柔媚、知恥好義、國家之元氣也、元氣消亡、國家衰老、其能久乎、昔酒井正親、以神谷某不禮己也、謂我曰、彼真可用者、因請倍其俸。正親爲公忘私、獎勵士風、汝輩何不類焉 (日本外史・德川氏正記)




「土井利勝」は譜代の大名。下総古河の藩主。「臣」は家臣の君に対する自称。「懌」は「悦」に同じ。「材」は「才」に同じ。「柔媚(じゅうび)」はやわらかにして媚びへつらうこと。「酒井正親」は徳川氏代々の家臣。世臣。


家康嘗て一士を官にせんと欲して、これを土井利勝に問ふ、利勝曰く、彼常には臣が家に来らず、臣未だ其の如何を知らず、家康懌(よろこ)ばずして曰く、汝我が家に宰たり、務め人材を訪ふに在り、材ある者豈(あ)に肯(あ)へて権勢に附かんや、汝の言ふところの如くんば、則ち恥を知り義を好む者は、将(まさ)に日ごとに柔媚に趨(おもむ)かんとす、恥を知り義を好むは、国家の元気なり、元気消亡すれば、国家衰老す、其れ能く久しからんや、昔、酒井正親は神谷某の己に礼せざるを以って我に謂ひて曰く、彼は真に用ふべきものなりと、因って其の俸を倍せんことを請ふ、正親公の為に私を忘れて、士風を奨励す、汝が輩何ぞこれに類せざる。

  • 「家康嘗欲一士」「汝我家」の「官」「宰」はいずれも名詞性動詞にして、「為官」「為宰」の意。ここでは前者はさらに他動性(~を)を帯び、後者は依拠性(~に)を帯びておるために、それぞれ「使一士為官」「為我家宰」の意になります。「材者」の「材」も名詞性動詞でありますが、これは存在的用法で、「有材者」の意。
  • 「問之土井利勝」は「問之土井利勝」とするも可。
  • 「臣未知其如何」の「如何」は単独の如何。単独の如何は従属語になる場合には「何如」とはなりません。たとえば「莫何如」などと為らないのに同じです。ここでは「知」に対して客語(従属語)になっておると考えます。(註)「吾子以為奚若」などの「奚若」(何如に同じ)は「以為」の部分が修用語で、却って「奚若」に対して従属しておると考えます。所謂断句的修用語の帰着性従属的用法と看做すわけです。
  • 神谷某不禮己」の「也」は「以神谷某不禮己」が提示されておることを明瞭にする形式感動詞。松下文法に所謂属性の提示語です。
  • 「彼真可者」の「用」に客語がないのは、「This book is easy to read.」の「read」に客語が無いのと同じ理。「足、可、難、易、被、為、見」などの帰着性形式動詞の内包的客語(ここでは用)の客体(ここでは彼)がその形式動詞(ここでは可)の主体(ここでは彼)と同じ場合は内包的客語の客体は非帰着化(客語が要らない)するのです(六百四十一項【三】参照)。「者」は合主化した主体を表す主体的用法。「飛者」の「者」と同じ。「ソレガ用ふるに可なるソレ」の意。



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