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婦人の孝

【漢の陳孝婦】

漢のとき、陳という国に十六にして嫁ぎ、まだ子のない女がおりました。時に、夫が戦争に行くことになりまして、妻にこういうのです、「私は兵役に行く以上、生きて帰ってこれるか、死ぬかは分からない。しかし、老いた母の事が気がかりである。もし私が帰って来れなかったときは、どうかお前が世話をしてやってはくれぬか」と。婦人はこれを承諾しました。

結局、夫は戦死して帰りませんでした。三年の喪に服した後、婦人の親が、娘が若くして寡婦になったことを哀れみ、別の男のところに嫁がせようとしました。しかし、彼女はそれを拒んで言うのです、「夫が戦争に行くとき、老いた母をお世話することを約束しました。そも人の老母をお世話すると言って果たせず、人と約束をして守らないのならば、一体どうして生きてこの世に立つことができましょう」とて自殺せんとの勢いでありましたので、親はこれ以上言いませんでした。そうして二十八年の歳月が流れ、姑はその天寿を全うし八十余歳で亡くなりました。

その後、婦人は自ら貧しくなるのを顧みずして、老母の田宅財物を売って葬式の費用に当て厚く葬り、又祭礼に供養しました。このことを当時の淮陽の長官が天子へ奏聞しましたところ、朝廷は使者を遣わし、黄金四十斤を下賜され、終身諸役を免除されました。この婦人を号して曰く、「孝婦」と。


原文

漢陳孝婦年十六而嫁、未有子、 其夫當行戍、且行時、屬孝婦曰、我生死未可知、 幸有老母、無他兄弟備養、吾不還、汝肯養吾母乎、 婦應曰諾、 夫果死不還、 婦養姑不衰、慈愛愈固、紡績織紝以爲家業、終無嫁意、居喪三年、其父母哀其少無子而蚤寡也、將取嫁之、孝婦曰、夫去時、屬妾以供養老母、妾旣許諾之、夫養人老母而不能卒、許人以諾而不能信、將何以立於世、欲自殺、其父母懼而不敢嫁也、遂使養其姑二十八年、姑八十餘、以天年終、盡賣其田宅財物以葬之、終奉祭祀、淮陽太守以聞、使使者賜黃金四十斤、復之終身無所與、號曰孝婦 (小學善行)



語釈

「戍(じゅ)」は辺境を守ること。
(戍)も(伐)もいずれも説文には「从人持戈」とあり。人の戈(ほこ)を持つによって出来たものでありますが、「伐」は人が戈を荷い持つの意にて、「戍」は図の通り戈を立てて其の下に人がおるのです。それが為に「守る」の意になるのです。(高田忠周『大系漢字明解』)

紛らわしい字を挙げておきます。「戉(えつ)」はまさかり、大きな斧です。「戌(じゅつ)」はいぬ、「戊(ぼ)」はつちのえ。「茂」の原字です。

「屬」は付託すること。
細かいですが、「唯、諾、兪」は応答にのみ使いまして、意味より言えば「はい」くらいなものでありますが、品詞としては感動詞ではなく動詞です。「正唯弟子不能學也」「鞠武曰敬諾」などのように上に修用語を冠してあることが有ります。ただ「唯唯(いい)」は謹んで命を奉ずる意で感動詞です。

「紡績織紝(ぼうせきしょくじん)」はつむぎはたおること。

「卒」はやしない終わること。
「以聞」は天子に上奏すること。

「復」は註に「復謂除其家之役(復は其の家の役を除くを謂ふ)」と有り、「與」は及の意。注に「徭役皆無所干預也(徭役皆干預するところ無きなり)」と有ります。「干預」は関係すること。
漢文法

孝婦~」「婦諾」「孝婦」などの「曰」は、前に実質的意義を表す記号動詞があるならば、其の時の「曰」は日本語の「~と」に当てて読むも可。これは非文法的な説明ではありますが、便利のために申すのみです。それぞれ「~孝婦に属す」「婦、諾応ず」「孝婦号す」と考えるも構わないというのです。文法的に申せば、それぞれの「曰」は前の記号動詞が帯びるべきであった生産性という形式的意義を専有しておるのです。この場合、記号動詞は非生産化します。「封文信侯」(呂不韋列傳)のように、一詞で実質的意義と生産性(形式的意義)とを兼有するも可。

「且(まさに行かんとする時)」の「行」と「時」との関係は連体関係の連外。「まさに時に行かんとする、ソレノ時」(且時行之時)の意。「行」は本来被修用語として修用語たる「時」を統率するところでありながら、却ってその従属語に自らが統率されることになるのです。「罷備漢(漢に備ふるの守禦を罷む)」(淮陰侯列傳)が、「罷所以備漢之守禦」であるのに同じ。これも自ら(備)の修用語(従属語)に却って従属しておるのです。主体でもなく、客体でもない、それ以のものになることから、連外というのです。「夫(夫去る時)」も同じ。

「居喪三年」は「居喪・・・三年」(主体関係)です。「喪に三年居る(三年居喪)」ではなく、「喪に居ること三年なり」です。





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